ホーム >  FoodScience過去記事 > 松永和紀のアグリ話 > 記事
こちらのページは以前、日経BP社 FoodScienceに掲載されていた記事になります。
当サイトから新規に投稿された記事については、こちらよりご覧ください。

松永和紀のアグリ話

話題本「99.9%は仮説」が教える食品科学報道のあり方

  • シェア
  • Check
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Share
2006年6月28日

 遅ればせながら、話題の本「99.9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方」(竹内薫著、光文社新書)を読んだ。非常に面白い本で、特に最終章で説明された「共役不可能性」というキーワードに興味を覚えた。簡単に言えば、同じ字面の言葉を使って対話しても、お互いその言葉の定義がズレている、ということだそうだ。食や科学に関する報道やリスクコミュニケーションには、まさにこの「共役不可能性」がどんぴしゃり、という現象がたくさんある。

 竹内さんの本は、ニュートン力学とアインシュタインの相対性理論で使われている「質量」という言葉が、字面が同じでもまったく違った意味で使われていることから、共役不可能性を説明していく。非常に難しい。そこで、私が最近気になる「それ、言葉がズレてませんか」という例をいくつか挙げたい。竹内さん、高尚な科学論を、こんな卑近な話にしてしまってすみません。

(1)「中国産の野菜」は危険ですか?
 最近、講演などの後によく尋ねられるのだ。「中国産野菜」についてどう思いますか? やっぱり危険でしょう? 私としては「中国産ってなんですか?」と答えるしかないのだ。中国には12億人を超える国民がいる。ということは、農民が数億人いるということだろう。当然、技量は人それぞれ。農薬を買えるかどうかの懐具合もまたそれぞれ。どんな業者と取引し、どのくらいの労働対価を得ているかもてんでばらばら。その結果、品物だってピンからキリまであって当たり前だ。

 日本向け農産物を扱う中国の業者が、使用する農薬や農産物の品質にとても気を配っている、という話はよく聞く。また、日本の商社も指導に余念がなく、契約事項をきちんと守ってくれる農家を確保しようと努力しているという。「国産品よりいいものを作っているよ」という人もいる。

 しかし、テレビや雑誌などが中国産野菜を取り上げる時は、相変わらず「中国の農家は農薬を多用しており、野菜が原因の中毒者が出ている」と報道する。それも事実かもしれないが、全体の状況を表すものではないはずだ。そんな商品が日本に輸入されているかどうかも分からない。なのに、「中国産」で十把一絡げなんて、隣国にあまりにも失礼ではありませんか?

(2)その「プロポリス」はなんですか?
 私は、いわゆる健康食品については、ほとんど書いたことがない。書くとしても一般論で、特定の物質を挙げて書くことはあまりない。実は、プロポリスの製造業者から話を聞いた後、怖くなって書けなくなってしまった。

 彼はこう言った。「プロポリスがアレルギー反応を起こすとか内臓障害を起こしたとかいう学術論文は確かにありますよ。でも、そのプロポリスの定義が何か知っていますか。どの論文も、ミツバチが樹液や花粉などをだ液と混ぜ合わせて巣に塗りつけたヤニ状物質としか書いていない。つまり、物質を同定して健康被害を研究した研究はないんです。混ざり物だらけの粗悪な品物を材料に、健康被害が出るという結論を出しているかもしれない。なのに世間は、健康被害の学術論文が出ているからプロポリスは悪いもの、と決めつけるんです。でもね。我が社は、どの種類のミツバチがどんな植物の葉をかじった時に特定の物質を作り出すかを、きちんと調べて、それをプロポリス製品にしているんです」

 私は、こう答えた。「それなら、疑いをはらすために、研究を学術論文にまとめて、プロポリスの効果はこの物質がもたらしていて、こんな素晴らしい効果が得られると発表したらいいじゃないですか???」 彼は「論文にして公表して他社にせっかくのノウハウを知られては意味がない。そんなことをしなくても、プロポリスは売れますから」という意味のことを言って、話を打ち切った。

 かけられた疑いを自ら拭わないのだから、この企業はやっぱり「プロポリスは悪い」と非難されても甘んじて引き受けるしかないだろう。しかし「健康食品の安全性評価をする、とか、した、とか言うけれど、いったいその実験は何を見ているのですか」という彼の問いは、私の心の中で重く残った。

 はっきり言って、健康食品には悪質な製品が多いが、誠実に研究を進める企業もある。真摯な企業努力まで一緒くたに批判するようなことはしたくない。

(3)ナノ分子は危険ですか?
 これは先週、横浜国立大学で、産業総合研究所化学物質リスク管理研究センター長の中西準子氏が行った講演の中の話。「映写お断り」なのでスライドを写真に撮ることも録音することもできなかったが、非常に刺激的な講演で、私は感動し興奮した。内容は、中西氏が自身のウェブサイトでこれからおいおい、説明して行くだろう。そこで、私はほんの一部分だけ、記憶を頼りに書く。

 ナノ粒子の実験は、実は非常に難しいのだそうだ。ナノ粒子はすぐに凝集してしまう。これまで行われていた生態影響試験は、凝集したまま実験しているのが実情だ。そこで、産総研はこれから、分散させたナノ粒子を3カ月間送り込み続けてラットを飼育する連続吸入実験を行うのだという。非常にシンプルな実験に思えるが、これが難しく、世界のどこでも行われていない。産総研も、予備試験を重ねたという。中西氏は「ナノ粒子のキャラクタリゼーションをしっかりとやる」と張り切っておられた。

 こんな話を聞くと、「よく聞くナノ粒子は脳に蓄積するという実験結果や、だから危ないという考察は、いったい何だったの?」と思える。環境ホルモン騒動が終焉を迎えた後、ナノ粒子が“環境派”のターゲットになっているそうだが、こんな実情を彼らは知っているのか。

 とっさに思いついた三つの例を挙げてみた。こういうことをぐるぐる、ぐるぐると考えているから、私の原稿はどうも常に歯切れが悪い。 「食べるな」とか「危険」とか「安全!」とか断言できたら、どんなによいか、といつも思うが、できない。

 結局、ダメライターなのだろうが、「99.9%は仮説」を読んで、科学ライターとしてはそれでもよいのかも、と思えてきた。だって、このぐるぐるが科学。そして私は、ぐるぐるに悩まされることを、結構楽しんでいるのだから。(サイエンスライター 松永和紀)

⇒ 松永和紀のアグリ話記事一覧へ

専門家コラム一覧

FoodScience 過去記事

以前、他のサイトで掲載されていた記事をこちらより選択してご覧いただけます。

お知らせ

FOOCOM会員、執筆者がかかわる催し、講演(10/17)
<FOOCOM事務局よりのお願い> 「FOOCOM.NET」にアクセスいただきありがとうございます。私たちは201…【全文を読む】
FOOCOM.NET 会員募集 科学的根拠に基づく食情報を消費者に提供するために、ご協力ください。