ホーム >  FoodScience過去記事 > 松永和紀のアグリ話 > 記事
こちらのページは以前、日経BP社 FoodScienceに掲載されていた記事になります。
当サイトから新規に投稿された記事については、こちらよりご覧ください。

松永和紀のアグリ話

「科学」の名に値しない遺伝子組み換え毒性試験(1)

  • シェア
  • Check
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Share
2006年7月5日

 「遺伝子組み換え技術により開発された除草剤耐性ダイズでラットを飼育し繁殖させたところ、子どもの死亡率が異常に高いなど悪影響が出た」と主張するロシアの研究者が、来日した。4日から10日まで計6回、全国行脚して講演会を開くという。私は、4日に福岡市であった最初の講演会を聴き、その後の記者会見でもいくつか質問した。その結果、興味深いことが判明したので、さっそくご報告する。自信を持って断言する。この実験は「科学」の名に値しない。お粗末にもほどがある。

 来日したのは、ロシア科学アカデミー高次機能・神経行動学研究所所属のIrina Ermakova博士。博士が開設しているウェブサイトある講演記録などにによると、除草剤耐性ダイズを食べさせたラットが産んだ子どもは死亡率が高く、生き残った子どもも低体重だったという。

 ロシアのプラウダ紙や英国のインディペンデント紙が昨年取り上げたが、英国食品基準局(ACNFP)などが実験に疑問を呈し、反対派もあまり話題にせず終わった。 海外での顛末については、このFOODS・CIENCEの1月30日付「GMOワールド」が、国内メディアの報道の中でもっとも詳しい。

 なのに、日本では市民団体「遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーン」が中心となって講演会実行委員会を組織し、博士を招聘。博士は今週全国行脚する。 そこで、私は福岡市で、本人の来日初の講演を聴いたうえでいくつか質問して回答を得た。実験は、あきれるばかりのずさんさだった。その稚拙さ、いい加減さは挙げればきりがないが、会見で分かった致命的な問題点を二つ、解説しよう。

博士の実験でもっとも問題なのは、飼料である。
 博士はラットを、(1)飼料ペレットのみを与える対照群(2)飼料ペレットに加え、除草剤ラウンドアップに耐性を持つダイズ(以下、GMダイズと表記)を与える群(3)飼料ペレットに加えGMダイズから抽出したタンパク質を与える群(4)飼料ペレットに加え、在来ダイズを与える群—-の4つに分け、産まれた子どもの数や3週間後の死亡率や子どもの体重、臓器重量、精巣の色などを比較していた。 
■ラット新生児の3週間後の死亡率(3回の実験の結果)

新生児数 死亡数 死亡率
通常の飼料のみを食べさせた対照群 74 6(p<0.001*) 8.1%
飼料に加えてGMダイズを食べさせた群 64 33 51.6%
飼料に加えて,GMダイズから抽出したタンパク質を食べさせた群 33 5(p<0.01*) 15%
飼料に加えて在来ダイズを食べさせた群 50 5(p<0.001*) 10%

(*はGMダイズと比較)
出典:Irina Ermakova博士講演会資料

 母ラットにGMダイズを食べさせて影響を見たと言いながら、この表には母ラットの数がない。さらに、3回の試験が具体的にどうだったのか、さっぱりわからない。こんな結果をよく公表するものだ。

 記者会見で詳しく尋ねてみて、私は驚いた。博士は、在来ダイズもGMダイズもロシアのミートファクトリーから粉状になったものを一括して入手し、水を加えてペースト状にしたものを飼料ペレットとは別の容器に入れてラットに食べさせたというのだ。

 そして、(2)のGMダイズについては、ミートファクトリーでどのように製造されたのか、加熱されたのか、確認していない。また、博士自身は加熱していない。つまり、生のダイズを食べさせた可能性がある。生のダイズにはレクチンやトリプシンインヒビターなど毒性の強い物質が含まれているのに、博士はまったく気にかけていなかった。

 さらに、(4)の在来ダイズとして博士が使ったのは、オランダADM社の「Arcon SJ」。博士はスライドで、在来ダイズ品種でありGMダイズと組成、栄養価が類似と説明した。しかし、このArconSJに関しては、国立医薬品食品衛生研究所安全情報部の主任研究官、畝山智香子さんから事前に、「ADM社のカタログに食品として載っている」と情報提供してもらっていた。ADM社によれば、Arcon SJはダイズそのものではなく、ヒトの食用に加工されたダイズタンパク製品。通常のダイズのタンパク質含量は36%程度だが、Arcon SJのタンパク質含量は68%。そして、ヒトの 食用なので当然加熱されており、生のダイズが持つ毒性物質は活性を 失っている。Arcon SJについて記者会見で質問すると、博士は平 然と「そうよ。食用よ」と答えた。また、博士は(3)で使ったGMダイズから抽出されたタンパク質について、タンパク質含量が約90%だと説明した。

 どんなふうに尋ねても「私はミートファクトリーから買った」と言うばかり。そして、「ファクトリーが、ADM社から買ったという証明書を持っている」と責任を他者に押し付ける。その結果、各群で栄養組成がバラバラ、毒性物質を含んでいるのかいないのかも、皆目分からない。しかも、個々のラットがどれだけの飼料やGMダイズ、Arcon SJを食べたかも、全く調べていない。これでは比べようがない。結果の解釈のしようがない。

 結局のところ、GMダイズの摂取により子どもが死んだり低体重になったりしたのは、生のダイズを食べさせられレクチンなどの毒性物質を摂取したためではないのか? GMダイズから抽出したタンパク質を食べさせた群で悪影響が出ていないのは、抽出加工の段階で加熱などにより毒性物質が失活しているためではないのか?
 それが、博士のショッキングなデータに対するもっとも合理的な解釈だ。

 記者会見で、そのことを博士に直接尋ねてみた。すると、「私は実験結果に、ショックを受けた。pusztaiの実験では、加熱したジャガイモでも影響が出た。加熱したエンドウマメでも」と話をすり替えられた。ちなみに、pusztaiの実験とは、英国のpusztai博士が99年、組み換えジャガイモを食べさせたラットに免疫力の低下が見られたとテレビで公表した一件だろう。この研究はその後、「実験に不備があり、組み換えのリスクを示すものではない」という評価で落ち着いている。

 私が、「ジャガイモやエンドウマメと話を混同するのはおかしい。私が聞きたいのは、生のダイズのレクチンなどの毒性を、どう考えるのか、ということだけだ」とさらに畳み掛けると、博士はまたもや答えず話をそらし、こう言い出した。「非常に興味深い質問だが、私が知りたいのは、ダイズであれジャガイモであれ、長期の影響である。そして、私は、アグロバクテリウム法がその原因である、と考えている」。

 博士の話でもう一つの致命的な欠陥は、まさにこのアグロバクテリウム法を巡る仮説だ。博士は講演で、アグロバクテリウム法は危険だと訴えた。

 これは、遺伝子を導入するときの技術。アグロバクテリウムという土壌微生物が、植物に感染するとこぶを形成し、自分の持つプラスミドDNAの一部を植物ゲノムに組み込む性質を持つことを利用する。組み込みたい遺伝子をあらかじめアグロバクテリウムのプラスミドDNAに入れておき植物に感染させることで、遺伝子を植物に導入する手法だ。

 博士によればプラスミドDNAは、動物に摂取された後も安定性が高く複製されやすく、腸内細菌に移行し血液細胞に入って行くこともできる。それ故に、動物に悪影響を及ぼすのだと言う。博士は、「ロシアでは、不妊が増え新生児の白血病が増えている。がんの患者は減る一方、血液のがんと大腸がんは増えている。それは、この遺伝子組み換え食品中のプラスミドDNAのせいではないか。GMダイズを使った実験結果から、私はそう考えている」とまで述べた。

 しかし、である。博士によれば、材料として使ったGMダイズは、ラウンドアップレディダイズ40.3.2 系統。実はこの系統はMonsanto社によれば、パーティクルガン法で遺伝子を導入している。これは、組み込みたい遺伝子を金粒子にまぶし、植物中に打ち込んで遺伝子を導入する方法。つまり、40.3.2 系統ではアグロバクテリウム法は使われていない。博士の「アグロバクテリウム法有害仮説」は、事実誤認による荒唐無稽でしかない。

 残念ながら、記者会見は飼料問題で時間が足りなくなり打ち切られ、私はそのことを指摘できなかった。博士は会見でも「アグロバクテリウム法が、遺伝子組み換えの悪影響の一番の原因と考えている」と滔々と述べていた。

 博士の講演会後の記者会見には、博士のほかに博士を日本に招いた「遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーン」の事実上のリーダーである天笠啓祐氏なども座り、揃って遺伝子組み換えの危険性を強調した。しかし、天笠氏は、ArconSJなどに関する指摘に対して「私たちも、そのことを今初めて知った」と言い出した。私は会見後、思わず語りかけてしまった。「天笠さん、騙されましたね」。(続きは明日6日に掲載します)
(サイエンスライター 松永和紀)

⇒ 松永和紀のアグリ話記事一覧へ

専門家コラム一覧

FoodScience 過去記事

以前、他のサイトで掲載されていた記事をこちらより選択してご覧いただけます。

お知らせ

FOOCOM会員、執筆者がかかわる催し、講演(10/17)
<FOOCOM事務局よりのお願い> 「FOOCOM.NET」にアクセスいただきありがとうございます。私たちは201…【全文を読む】
FOOCOM.NET 会員募集 科学的根拠に基づく食情報を消費者に提供するために、ご協力ください。