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松永和紀のアグリ話

「科学」の名に値しない遺伝子組み換え毒性試験(2)

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2006年7月6日

 ロシアの研究者、Irina Ermakova博士の「遺伝子組み換えダイズは危険」という主張の問題点を前回、指摘した。博士のやり口は、遺伝子組み換え反対運動史上、もっとも悪質なものだと私は考えている。そこで、FOOD・SCIENCE編集部に頼んで、続報もすぐに掲載してもらうことにした。招聘した市民団体にこの小論を読んでいただき、これから行われる講演会で責任ある行動をとってほしいのだ。天笠さん、頼みますよ。

 実は、博士の研究のずさんさは、講演会や記者会見を待つまでもなく、指摘されていた。バイテク関連企業6社で作る「バイテク情報普及会」が、関連業界の協力も得て「ロシアでのラットによる生殖毒性試験を科学的に検証する」というタイトルのセミナーを先週から各地で開いているのだ。

 講演した財団法人残留農薬研究所の青山博昭・生殖毒性研究室長は、博士の研究に対して次のような実に厳しい指摘を行った。
(1)信頼できる結果を得るために必要なラット数を飼育していない
(2)ダイズを与えず通常の飼料だけで育てた対照群でも、体重にばらつきがあり過ぎる。ラットの飼い方自体が悪いとしか考えられない。これでは、ほかの群についても、結果の判断のしようがない
(3)体重には性差があるので、雌雄別に測定し雌雄別に平均体重を求めて評価するのが一般的。なのに、雌雄一緒に平均体重が出している。このようなおかしなデータの扱い方が、随所にある。

 青山室長は、ほかにも鋭い指摘を重ねた。青山室長は遺伝子組み換えの専門家ではなく、バイテク企業におもねる必要はない。マウスやラットを使う毒性試験の専門家であり、OECDの専門委員も務める立場から、毒性試験の解説をしたのである。青山室長の話は温厚かつ冷静だったが、内に秘めた怒りは凄まじい、と私には思えた。「科学者の名にかけて、こんなずさんな毒性試験は許さない」という決意があったのではないか。

 また、厚労省、農水省もQ&Aで、この研究結果を否定している(厚労省、農水省)。

 私自身も、Ermakova博士の研究について取材中、これほどの怒りに駆られることはほかにない、と感じた。実験のずさんさに加えて「科学者の社会における役割」という観点からも、悪質極まりないのだ。私が特に気になったのは、次の3つだ。

i )予備的研究と称して実験の詳細を明かさず、実験の再現性検証を拒否している。
 キャンペーン事務局は、博士の研究結果が学術論文にまとめられ査読のあるロシアの環境系学術誌に載った、と言うが、データベースPubmedでは確認できない。私は、こんなでたらめ実験を載せる学術誌はないと思う。それに、環境系雑誌に食品安全性に関する試験の論文が載るのもおかしい。結局、実験設計に関する詳しい情報がないので、だれも追試をして問題点を明らかにすることすらできない。

ii )消費者がもっともショックを受けやすい次世代試験を、極めて安易に行い結果を恣意的に解釈している。
 博士は「こんな簡単な実験をだれもやらないまま、危険な遺伝子組み換え食品を食べている」と講演や記者会見で言っていたが、噴飯ものだ。毒性研究者は「食品の長期毒性試験は非常に難しい」と口を揃える。それでも、South Dakota州立大の研究者Brake&Evensonが、マウスを使って4世代に渡ってGMダイズの給餌試験を行い、学術論文にしている。結果は「遺伝子組み換えのマウスへの健康影響はない」である。(PMID: 14630127)

 東京都健康安全研究センターも同様の試験を行い、健康影響はないという結果を得て論文準備中だ。(東京都健康安全研究センター「くらしの健康」第8号)ところが、博士はこのようなほかの研究結果には触れず、「子どもに大きな悪影響を及ぼしますよ」と言い続ける。不妊とか新生児の白血病などと、おどろおどろしい言葉を振りまき、大衆の恐怖感を煽る。

iii )博士は、「研究を続けて行きたいが、実験結果の一部を昨年発表した後、企業や研究者からさまざまな妨害を受け、もう研究を続けられないだろう」と言う。まるで、迫害にあった悲劇のヒロイン気取りである。でも、こんなずさんでばかばかしい研究は、批判されてもう実験するなと言われても仕方がないではないか。研究所の同僚などは、同じレベルと誤解されて大弱りかもしれない。

 今回の博士の研究の取材にあたって、私は大勢の研究者や関係者のご助力をいただいた。その間、だれもが怒り悲しんでいるように思えて仕方がなかった。「こんなデタラメ研究に、なぜ日本は騙されてしまうのか。日本人の科学リテラシーはそれほど低いのか」という深い絶望感である。

 残念ながら、4日の講演会で集まった生協の組合員たちは、博士にころっと騙されているように見えた。私と同世代やもう少し若い人たち。子を持つ母親である。彼女たちには、このトンデモ研究が見破れない。

 そこで、博士を招いた「「遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーン」にお願いしたいのだ。天笠啓祐氏は私に「実験内容がよく分からないから、もっと詳しく話を聞きたいと博士を呼んだんですよ」と言っていた。記者会見の場で、博士が私の質問をはぐらかし、責任をミートファクトリーやADM社などに押しつけ、きちんと答えない姿も見たはずだ。

 ならば、これから開かれる講演会では博士の尻馬に乗って「遺伝子組み換えはこんなに危険」と言うことは止めていただきたい。私の主張する通り博士の実験に致命的な問題点があるのかどうか、しっかりと調べて講演会の場で聴衆にきちんと情報提供してほしい。博士の仮説に根本的な事実誤認があることを指摘してほしい。マウスを使った類似の実験で、遺伝子組み換え食品の健康影響が確認されていないことも、聴衆に伝えてほしい。

 そのうえで、科学的な理由を明確にし、遺伝子組み換えは危険であるかどうか、筋の通った主張をしていただきたいのだ。それが、わざわざロシアから博士を招いた市民団体の良心と責任というものではないか。(サイエンスライター 松永和紀)

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