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松永和紀のアグリ話

ロシア人科学者の遺伝子組み換え毒性試験を総括

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2006年7月12日

 恥ずかしいことに生まれて初めて、他人を怒鳴りつけた。前々回、前回と紹介した例の遺伝子組み換え毒性試験研究者の講演会。つくば市でも9日にあったのだが、主催した市民団体が会場からの質問を「時間がない」と封じようとしたので、「こんなにウソばかりの講演会で、質問させないなんておかしい」と叫んでしまった。あれほど偏った情報提供を市民団体が確信犯的にするとは、未だに信じられない。

 私は、4日の福岡、8日の東京、9日のつくばと、3回の講演を聴いた。いやはや、我ながら執念深い。面白いのは、3回の講演で変わったことと変わらなかったこと。

 飼料の説明については変化した。前々回書いた通り、4日の福岡での講演会の後の記者会見で、私は実験をしたロシア人博士に、飼料について尋ねた。その時は、使った遺伝子組み換えダイズについて「ロシアのミートファクトリーから、粉状のものを購入した。その段階で加熱されていたかどうかは知らない。私は加熱せずそのまま使った」と言っていた。

 しかし、9日のつくばでは変化した。「ADM社の商品なので質問したところ、人間の食用という回答。したがって、ADM社で加熱処理してある」と答えたのだ。うーん、興味深い(これについては、GMOワールド1、2が詳しく解説しているので、参照を)。

 一方、まったく変わらなかったのは、やはり前々回紹介した博士の「アグロバクテリウム法有害仮説」。博士の使ったGMダイズはパーティクルガン法で開発されたものであり、アグロバクテリウム法とはまったく関係がない。しかし、博士はどの会場でも堂々とアグロバクテリウム法により導入されたプラスミドDNAが自律複製し、ヒトの血液細胞にも入って健康影響を及ぼすと述べた。子どもたちが危ないと訴え続けた。だれも「あなたが使った組み換えダイズは、パーティクルガン法ですよ」と、博士に教えなかったようだ。

 だが、博士の話はもはや、どうでもよい。問題は、招いて講演会を開催した人たちの姿勢だ。つくばでの講演会の主催者側の中には、私が書いた本欄の2回のコラムを読んでくださっていた人もいた。また、博士の前に15分間講演した河田昌東氏は、本欄を読んでいたかどうかは知らないが、博士が使用した組み換えダイズが、パーティクルガン法で開発されていたことを知っていた。

 なのに、博士の仮説に事実誤認があることを、主催者側も河田氏も聴衆に伝えようとせず、集会を終えようとした。

 また、博士は、世代をまたぐ繁殖試験研究をほかの研究者がやらない、と講演で言い続けた。しかし、マウス4世代にわたって遺伝子組み換えダイズを食べさせ影響がないと結論づけた学術論文(Brake and Evenson)が既にある。主催者側は、このことも集まった人たちに伝えなかった。主催者側は、反対派である自分たちにとって都合のよい情報のみを、集まった人たちに植え付けようとしたのだ。

 つくばでの集会の模様を、もう少し詳しく紹介しよう。主催者側は、休憩時間に会場からの質問を紙で集め、博士と通訳がやりとりし、再開後に通訳が一部の質問に回答する、という形で質疑応答を済ませてしまった。そして、司会者が「博士は、翌日の札幌講演のため飛行機に乗らなければならない。もう時間がない」と言い、集会を終えようとした。その際、会場から一人の研究者が立ち上がり大声を出した。「実験で使われたダイズには、アグロバクテリウムを使っていない。パーティクルガン法ではないか。質問をしたい」。

 ところが、主催者側は、「もう時間がない」と質問を封じた。私が「おかしい」と大声を出して研究者を援護し、ほかの研究者も立ち上がって抗議し出した。しかし、博士は退室し、司会者の一人は「話を聞きたいならば、あなたたちがロシアに行きなさい」と言い出した。これが、市民団体のやったこと、である。

 というわけで、つくばの集会に来た一般の人たちは、何がなんだかよく分からないままだっただろう。博士の言うことを信じ込んだまま帰った人もいるだろう。

 私は、この件をたっぷり1カ月は取材し続けたと思う。最終的に感じたことは次の3つである。

(1)招いた市民団体や関係者は、社会の信頼を完全に失った
 こんなずさんな実験結果を基に「遺伝子組み換えは危険」と言ったところで、国は痛くもかゆくもない。博士を招いた人たちは「食品の危険を示す実験結果が出たのだから、国や推進派の研究者は、同様の実験をして安全性を確認する責任がある」と強調する。しかし、この実験では、安全性に対して疑義を呈したことにならない。国が実験設計の問題点を2、3指摘して、「はい、終わり」である。

 遺伝子組み換えは新しい技術である。食品安全委員会の現在の安全性評価基準にも不十分なところがある、と真面目に考えている科学者は大勢いる。本来、市民団体はそのような本質的な問題点を、科学的に検討し指摘する力をつけて、国と渡り合ってもらわなければならない。しかし、現在の反対派市民団体にそんな力がまったくないことを、今回の騒動は完全に露呈してしまった。残念で仕方がない。

(2)反対運動としても戦術ミスではないか
 ロシア人博士が「遺伝子組み換えはこんなに怖い。子どもたちに大きな影響が出ます」と講演したら、聞かされた人は「怖い。遺伝子組み換えを禁止にしなければ」と思うはずだ。では、主催した市民団体は「輸入禁止運動を始めよう。子どもたちを守れ、と霞ヶ関でデモ行進しよう」と呼びかけたか?

 とんでもない。「自治体が作る食の安全条例に、遺伝子組み換え作物の交雑混入防止という一項を入れさせましょう」とか「GMOフリーゾーン宣言をしましょう」などというのんびりした話が続いたのだ。

 この落差に、聴衆も戸惑ったのではないか。結局、主催者側もロシア人博士の話が眉唾であることを、事実上認めているのだ。これまで反対派だった一般市民の中にも、「この反対運動、なんだか変だなあ」と感じた人が少なからずいたのではないか。

(3)日本の科学者にも、ちょっとがっかりした
 博士のやっていることは、私には科学への冒涜だと思えた。だから、サイエンスシティ、つくばでの博士の講演会には、独立行政法人などで遺伝子組み換えにかかわっている研究者たちが大勢駆けつけ、問題点を指摘するだろうと、なんとなく思い込んでいた。

 だが、実際に来たのは10人足らずだろう。遺伝子組み換えにかかわる多くの研究者にとって、分子生物学の知識のかけらも無い異国の博士がどんなにデタラメを振りまき大衆を煽動しようとも、関係がないのだろうか。それほど社会の動きに鈍感で、社会が要請する優れた研究ができるのだろうか?

 数人の研究者が集会の最後に抗議の声を出し、あっという間に消えた博士の代わりを務める河田氏と議論していた。私も、その輪に加わりつつ、救われるような気持ちを味わっていた。ともかく、何人かの研究者は、これではいけない、と行動しているのだ。

 博士の研究成果を基に「遺伝子組み換えは危険」と報じたマスメディアについては、同業者としてあまりにも悲しいのでもう書かない。来日講演によって、日本の現状を余すところ無く映し出してくれた博士。むしろ礼を言うべきかもしれない。(サイエンスライター 松永和紀)

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