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松永和紀のアグリ話

学校でジャガイモの中毒事件発生、これぞ食育のチャンス!?

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2006年8月9日

 先月、小学校で栽培したジャガイモを食べた子どもたちが食中毒になる事件が3件、立て続けに起きた。ジャガイモにソラニンという自然毒があることは常識のはずなのになぜ、と気になって調べると、意外にジャガイモ中毒の件数は多い。やれ残留農薬だ、食品添加物だと心配している間に私たちは、自然毒の怖さをすっかり忘れてしまうらしい。

 日本中毒情報センターのサイトを見ると、受信する急性中毒情報が年間、3万件余りあるうち、ジャガイモの報告件数は30数件。99年から05年まで大差ない。四大新聞(読売、朝日、毎日、産経)のデータベースで調べてみると、98年以降、小学校や幼稚園で子どもが栽培したジャガイモが原因の食中毒が計11件起きている(98年1件、99年1件、00年2件、01年2件、04年1件、05年1件、2006年3件)。

 が、それ以前はそもそも、小学校や幼稚園でジャガイモを育てて食べてみるような“授業”は多くなかったと思うので、「常識が通用しなくなった」というようなもっともらしいコメントは避けておこう。

 ジャガイモに含まれる自然毒は通称ソラニンと呼ばれているが、一種類の化合物ではなく、α-ソラニンに糖がついたものやα-チャコニンに糖がついたものなの、いくつかのグリコアルカロイドの総称だ。光が当たって緑色になった皮の部分や芽などに多く含まれているという。

 毎日新聞2006年7月21日付朝刊によれば、食中毒が発生した栃木県下野市内の小学校では、ジャガイモを6日に収穫し、教室内のロッカー上に保管して19日に調理。教師が芽が出ていなければ安全と判断して皮ごとゆでて食べたそうだ。

 確かに、市販のジャガイモはしっかりと成熟しているうえ収穫後の管理もよく、店頭でも皮が緑色になったものを見ることはほとんどない。そんなジャガイモは、芽だけ心配し、しっかりと取って食べればよいはずだ。一方、熟度がよく分からないまま収穫された家庭菜園のジャガイモをいただき、その辺りに置いておいて皮が緑色になってしまった経験は、私にもある。

 私自身は大学の農学部の授業で、植物中のアルカロイドが種類によっては猛毒にも医薬品にもなることを教わった。人が口にするさまざまな植物が安全とは毛頭思っていない。しかし、そんなことは考えたこともない、という人もいるだろう。

 中学生の娘に尋ねてみると案の定、ジャガイモの芽はとらなければならないことは知っていたが、緑色の皮の部分も危ないことは知らなかった。そういえば、私は教えていない。我が家にもあった危機!娘にうっかり家庭菜園製のジャガイモでマッシュポテトなど作らせて、一家全員嘔吐や下痢に、などというはめになる前に気がついて、よかった。

 面白いことに、現在神戸市内で開かれているIUPAC農薬化学国際会議の席上、このソラニンの話題が出てきた。8日、日本農薬学会の梅津憲治会長が「Risk Assessment of Pesticide-Risk of Eating-“How to Convince Consumers”」というタイトルで講演。日本の消費者がいかに農薬を危険と誤解し、一方で自然毒の怖さや効果を忘れているか、という内容で、たまたまソラニンにも触れたのだ。

 500年前の南アメリカからヨーロッパに伝わった頃のジャガイモには、大量のソラニンが含まれていて、すりつぶし洗い流して食べなければならなかったそうだ。ジャガイモがなぜ、ソラニンを作るようになったかと言えば、外敵から身を守るためだという。手足がなく逃げることができず戦う術もない植物が、長い進化の過程で獲得した能力だ。その後、アイルランドや英国での品種改良によって、ソラニンの量が少ない品種が生まれ、私たちは簡単な調理でジャガイモを食べられるようになった。

 梅津会長は、「人類の歴史は、安全な食品を得ること。食品から自然毒を排除したり減らしたりして、自然から生じるリスクを避けてきたのが、人類の歴史なのだ。ところが、今日のほとんどの人々は、この重要な歴史的事実を忘れている」と述べた。

 梅津会長は同じ内容の講演を、国内の消費者などを対象にこれまでも行ってきたという。私などがこういうことをうっかり話したり書いたりするとすぐに、「農薬のリスクから目をそらすためのレトリックだ」という批判を受ける。

 しかし、梅津会長は自然毒の解説の前段階でじっくりと農薬の安全性評価の仕組みを解説。日本で農薬1製品を登録申請する際に必要な書類のフルセットとして、段ボール箱40箱がずらりと並んだ写真なども見せて説明したうえで、自然毒についても触れた。そのため、講演内容には説得力があった。

 どんなものにもリスクがある。ジャガイモの食中毒事件も、農薬の登録申請に必要な40箱の写真も、そのことを教えてくれる。私たち人間は英知を傾けて、そのリスクを極力小さくする努力を続けていくしかないのだろう。

 さて、まずは娘にマッシュポテトを作らせてみよう。緑色の皮のジャガイモは、捨てずに厚めに皮をむいて、クリーム色の中身だけをゆでる。おいしいマッシュポテトを味わいながら、人類の、ジャガイモの歴史に思いをはせる。(サイエンスライター 松永和紀)

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