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松永和紀のアグリ話

企業のごまかさない情報提供こそが消費者と企業の共通の利益

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2006年8月30日

 「食品の裏側」(安部司著、東洋経済新報社)がベストセラーになって以降、「食品メーカーは消費者をだましている」説がまた、強くなった。残念でならない。筆者が添加物業界で“活躍”していたという十数年前ならいざ知らず、現在の企業はもっと真摯であろう。先日、ある食 品企業の方から、リスクマネジメントに基づく社告一覧について提言したリポートを送っていただいた。企業側のごまかさない情報提供こそが、消費者の利益となり企業の利益ともなる、という信念が語られている。こちらが、現代の多くの企業人の真の姿に近いのではないか。

 私は、「食品の裏側」の指摘、例えば「現代人の味覚の鈍り」など文化、教育にまつわるものについては、なるほどと思いながら読んだ。しかし、科学的な記述については問題が多過ぎる。ブドウ糖果糖液糖やた んぱく加水分解物などの食品を、添加物と故意に混同して記述したり、 毒性学における用量反応関係や実際の摂取量を無視して、複合毒性の怖さを強調するなどしている。

 まじめな指摘が、非科学性によって損なわれ、本の持つ価値をかえって貶めている、と私には思えた。せっかく、情報公開の重要性を強調しても、自分は都合の良い情報をつなぎ合わせてストーリーを作っている 。これでは、一般人やマスメディアの記者はごまかせても、食のプロには通用しない(私が尊敬する食生活ジャーナリスト、佐藤達夫さんも、自身のサイトで論評している。ぜひ読んでいただ きたい)

 そんなことを考えていた矢先、日本消費生活アドバイザー・コンサル タント協会東日本支部自主研究会「コンプライアンス経営研究会」の論文集「信頼のコンプライアンス 経営のために社告への提言〜2年間の調査・研究から」をいただい た。同研究会は、消費者利益を反映したコンプライアンス経営を推進するために、研究や提言、企業支援などを行う組織。メンバーはそれぞれ、企業などに所属しつつ、個人として研究を続けている。

 送ってくださったのは、メンバーの一人、大手食品企業でリスクマネ ジメントを担当している山縣綾子さんで、「[消費者に有効な社告一 覧]がもたらすもの〜リスクマネジメントに基づく社告一覧及び製品リ コール実効性向上への提言」というリポートを書いていた。

 まず、国民生活センターが掲載している社告一覧に、事案の重篤性や発生頻度、リスクなどを一目でわかるように記載し、リスクマネジメントに基づく社告一覧にすることを提案している。

 また、製品リコール制度を規格化し、どの程度の問題であればリコー ルを実施するのか、という点について公正な判定基準を設けるように求 めている。リコールはほとんどの場合、企業の自主性に任されている。 湯沸かし器事故やシュレッダーによる指切断事故などが表面化し社会問 題化している今、タイムリーな提言だ。

 もちろん企業は、問題発生についての社告を出したりリコールする事 態に陥らないように、最善の努力をする必要がある。しかし、ゼロにはできないのもまた、自明だ。そして緊急事態にどのような対処をできるか、分かりやすい情報提供をできるか、という点から、消費者は企業の「本心」を読み取ることができる。

 山縣さんがリポートで一貫して語っているのは、企業が都合の悪いことも隠すことなく分かりやすく情報提供していく努力の意味である。「情報提供の質を向上させることは消費者の利益にかなうので、企業は 消費者からの信頼が獲得できる。信頼獲得は企業利益につながってい く」と書いている。

 そして、企業や行政のリスクコミュニケーションの努力が、消費者の冷静な対処につながりムダをなくすと説く。ムダの例として、健康被 害がない程度の量の危険物質を含む製品の廃棄や風評被害、不必要な検 査などが挙げられる。「消費者の冷静な対処は、最終的には経済的な観 点からも消費者の利益につながる」と山縣さんは書く。目指すのは、企業と消費者双方の利益につながるWin-Winの関係だ。

 論文集には、山縣さんが執筆した論文を含めて4報が掲載されてお り、松下電器産業のFF式石油温風機事故についての一連の社告を、研究会として分析したものもある。こちらも少し、ご紹介しよう。

 論文によれば、2005年4月に出された第1回の社告で は、既に中毒死亡事故が起きていたにもかかわらず事故の重大性を表す記 述はなく、社告タイトルに「回収」「修理」などの目的も表示されてい なかった。

 11月にさらに死亡事故が起き同社への批判が高まったことを受け、12月以降の社告の文中では死亡事故に至る危険性があること が記述された。しかし、もっとも目立つタイトルに死亡事故の危険があ ることが明記されたのは、2006年1月の第12回社告 だった。最初の社告からなんと9カ月もかかったのだ。 論文では、2005年4月に社告が出た段階で研究会として問題点を抽出し「消費者への訴求力不足」に気づいていたにもかかわらず、研究会として警鐘を鳴らすことができず事故の未然防止に力を尽くせなかったことが、反省として記されている。

 結局、松下電器産業の社会的評価は地に墜ちた。そして、同社とは無関係のメンバーが執筆したこの論文集からは、同社の問題を決して他人事とはせず悩み、二度とこのような問題を起こさないために自分たちに できることを考える人たちの姿が浮かんでくる。

 企業の中で倫理感を持ち、消費者の利益につながり自分も納得できる仕事をしようと努力している大勢の人がいる。食の世界でも、多くの人が私利私欲なく努力している。そうした人たちの姿を書いて世間に伝えていきたい、と私は思っている。

 論文の一部は、コンプライアンス経営研究会のウェブサイトで読める。論文集は希望者に分けているが(実費1000円が必要)、残部が数十部なので、希望する方はメールで研究会代表の古谷由紀子さん QYS02171@nifty.ne.jp に問い合わせを。(サイエンスライター 松永和紀)

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