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松永和紀のアグリ話

今月のリスクは何?悪役探しに落ち着かないマスコミ

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2006年9月6日

 また、メディアの「敵役探し」の力学が動き始めたのだろうか。残留農薬ポジティブリスト制で、中国産食品の残留基準超過を伝える記事が目立ち始めた。そのためか、私も講演先などで「中国産ってやっぱり危険なんですね」とよく言われる。BSE(牛海綿状脳症)を巡る米国批判が一段落して、今度は「農薬の中国」なのか?

 なにより気になるのは、同業者が「中国産は危ない?」と私に尋ねることだ。「中国がバタバタしているみたいだよね。新しい動きだから、ニュースバリューがある。中国産の輸入が減って野菜の価格が上がる、なんてことになったら面白いし…」。彼らの頭の中ですっかりストーリーが出来上がっている。

 確かに、厚生労働省が公表している「輸入食品等の食品衛生法違反事例」を見ると、中国産は多い。夏場輸入が多いウナギが目立つし、シイタケもモニタリング検査で違反が相次いで見つかって、命令検査に格上げされた。

 今日(6日)、静岡県富士宮市で開かれた「消費者問題シンポジウム」で、私は壇上から聴衆に「中国産は危ないと思いますか?」と尋ねた。集まった数百人の人たちの7、8割が、手を挙げたと思う。

 しかし、私なんぞは厚労省のページを見るたびに、アフラトキシン陽性が目について気になって仕方がない。天然物中で最強の発がん物質とされるカビ毒、アフラトキシンの残留基準(10ppb)オーバーだ。トウモロコシやピーナッツなどが続々と廃棄や積み戻し措置を受けているし、残留量も多いようだ。

 農薬や抗菌剤の残留よりもこちらの方が格段にリスクが高い。今年目立つのは天候のせいなのだろうか。しかし、メディアにとっては、いつもあるアフラトキシン汚染よりは、新しい問題である残留農薬や抗菌剤のポジティブリスト制の影響の方が、リスクは比較にならないくらい低くても重要なのだ。そして、その報道を見て「やっぱり中国産って怖い」と多くの人が思い込んでしまう。

 残留農薬や抗菌剤の一日摂取許容量は、御存知のように安全係数を大きくかけてある。しかも、さまざまな食品に残留していてもトータルで一日摂取許容量をオーバーしないように、個々の食品について基準が決められている。1品や2品、基準を超えたものを食べたところで、どうということもない。しかも、その基準もその物質の科学的な安全性評価に基づいて設置されたものではなく、一律基準(0.01ppm)であったりする。健康上のリスクなど、まったくない。

 しかし、まじめに対策に取り組む者がいて、「敵役」が現れれば、メディアはその対比の報道で盛り上がる。制度開始から3カ月、今回の「善き者」は国内農家。これまでのところ、基準超えはたったの1件。昨年に比べてはるかに少ない。一方、“実績”を積んでいよいよ表舞台に登場した敵役は中国だ。

 私は同業者に「中国産はどう?」と尋ねられるたびに、「予想の範囲ではないでしょうか?」と答えることにしている。

 中国では、使える農薬は日本ほど多種多様にあるわけではないらしいし、残留基準も甘い。今は、「安全」よりも「とにかく増産」の時代なのだ。日本だって、その時代を通り抜けて今は、「安全安心がなにより大事」という国になっているのに、その歴史を多くの人が忘れてしまっている。

 現在、中国で良しとされるものが、今の日本の基準とは異なる。ずれがある以上、普通に中国で生産されているものを持ってくれば、日本の基準に引っ掛かるのは当たり前。本音のところは、もう少し事前に頑張って「日本仕様」にしていただきたかった、と思うけれど、今後はしっかりと日本向け対策を講じてもらうしかないのだ。

 「その準備態勢を整えるのに若干、時間がかかるでしょう。でも、中国の人たちだって『このままでは売れない』と分かったら、売れるように努力しますよ。一時的に、中国産の輸入は減少しても、すぐに回復するのではないでしょうか」。こう答えると、メディアの人たちは、実につまらなそうな顔をする。

 さらに「ポジティブリスト制は、日本の農家の間にリスク管理意識を芽生えさせたという点で画期的な制度になりつつありますよ」と話し始めると、「もういいよ」ということになる。

 彼らにとって、敵役の情報、制度への批判は興味深いが、制度の意義は必要ない。「こいつ、使えないなあ。もっと話を面白くしてくれなきゃ」と思っているのがありありだ。

 環境リスク学の権威、中西準子氏は「今月のリスク」という言葉を自身のウェブサイトや著書で紹介している。先月問題にしていたリスクはけろっと忘れて新たなリスクの心配へ、というような社会現象のことだという。

 私は、メディアはもっと単純に「今月の敵役」を探しているように思える。BSE問題での米国批判に新味がなくなり、米国産牛肉が意外に受け入れられている状況を察知すると、さまざまな現象の中から別の悪いものを無理矢理見つけ出し、「中国産の輸入が減るかも」とニュースにする。

 でも、2002年にあれほど中国産冷凍ホウレンソウの残留農薬汚染が騒がれたのに、中国産農産物の輸入はすぐに回復しているのだ。ジェトロによれば、輸入野菜における中国のシェア(金額ベース)は、生鮮・冷蔵では01年49.1%、02年48.1%、03年48.2%、04年50.8%、 05年51.8%で、騒動はほとんど影響がない。冷凍は、01年の43.5%から39.5%、36.1%と低下したが、04年には39.2%、05年には41.3%に回復している。私たちの生活は現状、中国産農産物抜きには成り立たない。

 今月のリスクも今月の敵役はもういい。そんな規定路線のニュースはつまらない。もう少し本質を見つめた深い取材をしたい。他山の石、である。(サイエンスライター 松永和紀)

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