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松永和紀のアグリ話

DNAマーカー選抜はGM技術とは別モノ!と認識すべし

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2006年9月27日

 なにか、とんでもない勘違いが生じているのではないか。DNAマーカー選抜による育種法のことである。かの有名なJeremy Rifkin氏は朝日新聞8月31日付「私の視点」で、「組み換え作物は時代遅れに」という文章を寄稿し、この方法を「GMにとって代わる」と持ち上げた。日経新聞9月25日付朝刊も新技術として紹介し、「遺伝子組み換え技術を使わない方法のため、栽培に関する厳しい規制はなく、消費者が受け入れやすい」と書いた。しかし、DNAマーカー選抜育種ではできないことをするのが遺伝子組み換え技術なのだ。DNAマーカー選抜育種は代替策ではない。

 そもそもDNAマーカー選抜育種とは何か。植物はそれぞれ種固有のゲノム(遺伝情報、すなわちDNAの塩基配列)を持っている。しかし、同じ種であればまったく同じDNA配列、というわけではない。例えば、イネ(Oryza sativa)といっても、ジャポニカ米もインディカ米もあり、ジャポニカ米の中にもコシヒカリやあきたこまちなど無数の品種がある。

 DNA塩基配列を細かく見ていくと、品種によって塩基配列が異なる部分がかなり多いのだ。この違いを突き止めて、その品種の印、すなわち「マーカー」として利用する。マーカーは1つではなく、現在では品種ごとにそれぞれかなりの数のマーカーがある。

 例えば、イネの2品種AとBを交配させると、できた「子ども」の遺伝情報は、Aの遺伝情報の半分とBの遺伝情報の半分が入り交じったものになる。マーカーによって、どの部分がA由来でどの部分がB由来か、判別することができる。マーカーを上手に利用すれば、Aの中の特定の遺伝子が入っている「子ども」だけを選ぶことも可能だ。これが、DNAマーカー選抜による育種である。

 研究は十数年前から行われており、既に日本でも続々と商品化されている。日経新聞には失礼ながら、もはや新技術ではない。例えば、民間企業である「植物ゲノムセンター」(茨城県つくば市)は、DNAマーカー選抜で育種した「コシヒカリつくばSD1号」という品種を売り出している。

 コシヒカリは背が高く台風などで倒れやすい欠点がある。そこで、背が低い性質(短桿)のインディカ米とまず交配し、短桿遺伝子を導入した。しかし、これだけではインディカ米のほかの性質も一緒に導入されてしまっているので、この後何度もコシヒカリを交配させる「戻し交配」を行い、インディカ米由来の遺伝情報は短桿遺伝子だけで、ほかの部分は概ねコシヒカリ、という品種を作り出した。

 一度ほかの品種と交配させその後に何度も戻し交配して、欲しい性質だけを残しそれ以外は元に戻す、という作業は、これまでの品種改良と全く同じだ。しかし、以前なら、交配してできたイネを大きくなるまで育て、目で見て背が低いものを選び出し、次の戻し交配へと進めた。1年に1回の交配しかできず、新しい品種を作り出すのに少なくとも十数年かかった。

 これに対して、植物ゲノムセンターは、DNAマーカーを使って育種期間を大幅に短縮した。苗が小さい段階で短桿遺伝子を持っているかどうか、あるいは染色体の良い位置に入っているかどうかを判断できるので、良い苗だけに絞り込み温度や水分供給などがコントロールされたグリーンハウスでどんどん栽培を進めたのだ。こうして植物ゲノムセンターは、通常の5分の1の期間で新しい短桿の「コシヒカリつくばSD1号」を作り出した。

 育種家はこのように、交配で作出できる品種についてはDNAマーカー選抜技術を駆使している。しかし、交配で作出できない品種もある。種が異なれば交配できない場合も多い。例えば、土壌微生物の遺伝子を作物に導入しようとしても掛け合わせることはできない。だから、遺伝子組み換え技術を使って遺伝子を導入する。遺伝子組み換えは 現在のところ、安全性評価に多額のコストがかかり開発期間も長い。DNAマーカー選抜で育種できるものに、わざわざ遺伝子組み換え技術を使うことはないのだ。(今週のGMO ワールドでも触れられているので、読んでほしい)

 実は私は、このDNAマーカー選抜育種の話を知りたくて4年ほど前、植物ゲノムセンターを取材したことがある。美濃部侑三社長が「DNAというと、遺伝子組み換え技術と誤解されてしまう。違います」と何度も繰り返していたのが印象的だった。

 当時、野菜や果物の育種で有名な「みかど育種農場」(千葉市)も取材した。こちらの越部圓社長にも、久しぶりに電話して話を聞いた。「もううちでも、DNAマーカー選抜で大根など商品化していますよ。ほかの種苗会社も同様です」と教えてくれた。

 「突き詰めればDNAマーカー選抜は、染色体のどこにどんな遺伝子が入っているかを確認するための方法でしかなく、遺伝子組み換えと比較すべき技術ではありません。でも、品種改良期間を大幅に短縮でき開発経費も節減できる。より良いものを早く得られるという点では消費者にとって大きなメリットがありますよ」。越部社長の説明は明快だった。

 それぞれの技術に価値があり役割がある。科学的に間違った理解は、両方の価値を見えなくしてしまう。どちらが良いとか消費者に受け入れられるとか比較する前に、まず本当のことを知ってほしい、と思う。(サイエンスライター 松永和紀)

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