ホーム >  FoodScience過去記事 > 松永和紀のアグリ話 > 記事
こちらのページは以前、日経BP社 FoodScienceに掲載されていた記事になります。
当サイトから新規に投稿された記事については、こちらよりご覧ください。

松永和紀のアグリ話

食の安全と環境問題を結びつけて考えられる成熟社会に期待

  • シェア
  • Check
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Share
2006年10月18日

 食の安全と環境問題は、切り離して語られることが多い。しかし、密接にかかわっているものだ。環境を守らないことには、将来的な安全は確保できない。そして、安全志向が強くなり過ぎると環境は損なわれることになりがち。食品中の農薬が残留基準を超えると即廃棄となる現実は、その典型例だろう。先頃、独立行政法人農業環境技術研究所の成果発表会が行われた。講演要旨は、日本の農業と環境、安全を見つめる格好の「読み物」になっているので、ぜひ覗いていただきたい。

 研究成果発表会は9月28日、東京で行われた。つくば市にある 研究所ではなくわざわざ東京で開催したのは、情報公開に努める同研究所の強い意欲の表れだ。私も発表を聞きたかったのだが、所用があり行けず残念だった。しかし、詳しい講演要旨や当日行われたポスター発表が、同研究所が毎月発行している「情報:農業と環境」の第78号でさっそく読めるようになった。

 例えば、有機化学物質研究領域長の與語靖洋氏は農薬のドリフト問題を取り上げている。與語氏は、ドリフトをスプレードリフト(散布時にノズルから直接飛散するものと作物や土壌に落ちてから跳ね返ったもの)とべーパードリフト(一度作物や土壌に吸着した後、徐々に大気中に移行拡散する二次的なもの)に分け、検討している。それぞれ、捕捉計測するシステムを組み、薬剤や気象条件などによっても異なる挙動を把握していこうとする精緻な努力が、講演要旨から読み取れる。

 ポジティブリスト制導入により注目されているのはほとんどがスプレードリフトだが、世間を騒がせている「化学物質過敏症」にかかわってくるのは主にベーパードリフトだ。そして、農薬反対派の急先鋒は今や、化学物質過敏症のような経口でない摂取を問題にする人々になって いる。

 一方で、農薬が作物の高い品質や安定収量確保に結びついているのも事実。與語氏はさらに、「食の安全や人の健康に結びつけることができる道具」と指摘している。私も同感だ。例えば、作物にカビ毒が付けば、摂取した人の健康への影響は大きく、農薬使用のリスクの比ではない。與語氏は、よい道具を上手に使いこなすために、基礎データを積み重ね要因解析し情報を公開し、ドリフトを極力減らす対策に結び付けていく必要があることを訴えている。

 また、物質循環研究領域・上席研究員の新藤純子氏は、「東アジアの食料の生産と消費拡大が水質を変える」と題して、窒素循環を考察している。

 世界の食料生産は、20世紀初頭に大気中の窒素を人工的に固定して化学肥料にする方法が確立されて、大きく変化した。化学肥料の使用により生産力が上がり、人口が増えさらに食料生産力アップが求められていく。また、生活が豊かになると、家畜に作物を食べさせて肉を得るようになる。肉を生産するには、数倍から十数倍の飼料作物が必要とされ、そのために化学肥料が大量使用され、家畜の糞尿として環境中に排出されていく。

 その結果、施用されたが作物に吸収されずに環境中に出て行く窒素や 家畜糞尿由来の窒素などで、環境中の負荷は増大していると、新藤氏は指摘する。海や湖沼の富栄養化につながり、赤潮発生の増加などとして表面化しているのだ。また、地下水の汚染を招き、飲料水への影響も懸念される。講演要旨には、東アジアの地下水中の窒素濃度分布を表した地図が掲載されているが、80年以降、中国の華北地域や東北地域で著しく濃度が上昇していることが一目で見て取れる。

 さらに新藤氏は、東アジアでバイオマスエネルギーを得るための作物生産の可能性が議論されていることに触れ「これも窒素負荷の増大につながる」と記している。バイオマスエネルギー利用はまだ一般には 「善」としかとらえられていないが、このような負の側面を持つことも忘れてはならないだろう。

 新藤氏は触れていないが、東アジアの窒素負荷の上昇と日本の食料輸入の関連は、今後きちんと検討していく必要があるのではないか。最近のメディアの報道を見ると、中国の環境汚染をまるで他人事のように報じ「だから、だめな国なのだ」と言わんばかりのものがある。しかし、 日本に輸出する食料の生産も、中国における窒素負荷増大に確実に結びついているはずだ。ほかの国でも、「日本向け野菜を栽培している畑の周辺の井戸で、窒素濃度が上昇している」という話が出ていると聞いたことがある。

 このような経済と結びつく話は、同研究所ではなく別の機関が検討すべき課題かもしれない。研究発展に期待したい。

 このほか、大気環境研究領域や農業環境インベントリーセンターなどの研究成果も解説されている。ポスター発表も一般の人にも分かりやすい力作がそろっている。「植物の力で農耕地のPOPsリスクを低減する」というタイトルの発表は、先日「ポジティブリスト問題再燃!制度揺るがす基準値違反」で取り上げた函館のカボチャ問題にも直結する研究。

 また、「遺伝子組換えダイズは近縁の野生種ツルマメと交雑するか?」という発表では、 組み換えダイズとツルマメを隣接して栽培し、両方のツルが絡み合うような状態にした試験の結果を報告している。できた種子約3万個のなかで、ダイズとツルマメが交雑していたのはわずか1個だったという。現実の栽培においては、ダイズとツルマメが絡み合うような状態でダイズを生産することはまずないだろう。組み換え反対派が懸念するような組み換え遺伝子の拡散は、現実には起こりえないのかもしれない。ツルマメの地域による開花期の違いやダイズの品種によっても、交雑率は異なるはずで、今後どのような研究成果が生まれるのか、興味をそそられる。

 これからの研究者は、学術論文にして専門家の評価を受けると同時に、一般の人にも分かりやすい情報公開に努めなければならない。苦労は多いと思うが、一般の人たちの適切な理解は、実効力を持つ政策にも結びついて行くはずだ。食の安全と環境問題をきちんと結びつけて考えられるような成熟した社会作りのために、研究者の方々には頑張っていただきたいと切に願っている。 (サイエンスライター 松永和紀)

⇒ 松永和紀のアグリ話記事一覧へ

専門家コラム一覧

FoodScience 過去記事

以前、他のサイトで掲載されていた記事をこちらより選択してご覧いただけます。

お知らせ

FOOCOMが「第1回食生活ジャーナリスト大賞」を頂くことに決まりました(3/28)
FOOCOMはこのほど、食生活ジャーナリストの会(JFJ)の「第1回食生活ジャーナリスト大賞(ジャーナリズム部門)」…【全文を読む】
FOOCOM.NET 会員募集 科学的根拠に基づく食情報を消費者に提供するために、ご協力ください。