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松永和紀のアグリ話

悪名高き「残留農薬 10分の1ルール」廃止の生協の意図

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2006年11月8日

 「コープこうべ」という歴史ある生協がある。「消費者に迎合した安全志向が昂じて、非科学的なことをしているヘンな組織」というのが、 私の抱いていた印象だった。なにせ、農家に悪名高い「残留農薬 10分の1ルール」があったのだ。プライベートブランドでは、国の残留基準の10分の1しか農薬残留を認めないというのだから、メチャクチャ。ところが、コープこうべは今年、このルールを廃止した。食品のリスク管理に努め、組合員を対象に食のリスクに関する勉強 会も頻繁に開催。その科学性、合理性、先見性は、実際にはほかの流通販売業者のはるか上を行っているようなのだ。この生協の動き、見逃せない。

 「コープこうべには困っているんですよ」。以前に何度か、農家から 聞かされていた。コープこうべは1988年、「人と自然にやさしい 食べ物づくり」をテーマにプライベートブランド「フードプラン」をスタートさせた。同生協によれば、05年度の全体の供給高2772億円のうちフードプランは約73億円。その8割が農産品で、90産地の約4000人が、一定の基準に従って生産している。独自基準の目玉は、化学合成農薬の使用回数が一般栽培の2分の1以下、そして残留農薬は国が示す基準の10分の1、というものだった。

 農家の多くは、コープこうべ以外の生協にも出荷している。ある農家は「生協ごとに基準が違うのが困る。農薬がドリフトして10分の1を超えるんじゃないか、と思うと気が気じゃない」とぼやいていた。

 10分の1ルールは、消費者には受けがよかったはずだ。なにより数値が明確で分かりやすい。しかし、科学的に見れば根拠が不明だ。 まず、残留農薬基準は科学的に定められた一日摂取許容量(ADI)に基づいて定められた数字。一日摂取許容量は、ヒトが毎日、一生涯にわたって摂取しても、健康に影響を及ぼさない量のことだ。これを下回 れば毒性は出ないとされているのに、国の基準の10分の1と決めてしまう根拠は何か、2分の1ではいけない理由は何なのか、さっぱり分からない。

 それに生産者にとっては、どうしたら残留量を10分の1以下にできるのか、具体的な方法が分からない。農薬の残留量は、畑の立地条件や気温や湿度、日照時間などさまざまな条件で変わる。国の残留基準は、そうした気象変動や地域差なども栽培実験などで確認したうえで設定された数値だ。コープこうべ側が、栽培実験などで責任をもっ て10分の1にする方法を確立しないまま生産者に押しつけたとしたら、流通販売側の横暴ではないか。

 まあ、10分の1がいやな生産者はコープこうべとの契約を打ち切って、よそに出荷すればいいだけだが……。そう考えても、消費者迎合のごり押し生協というイメージは拭えなかった。

 ところがひょんなことから、コープこうべの職員の方とメールのやりとりをするようになった。遺伝子組み換えやテフロン加工フライパンへの対応など、合理的に対処していることが分かってきた。さらに、組合員向けの学習テキストを見せていただいて驚いた。

 自分たちのこれまでの取り組み、独自基準が、業界や企業の食の安全への取り組みの水準の引き上げに貢献した、と評価しつつも、「法整備が加速化し、法律を守っていれば安全性を確保できるようになってきた」と断言している。そのうえで、今後の方向性として(1)法律 を十分に理解し、確実に守る仕組みを構築します(2)法律に不備がある場合には国に改善を求めていきます(3)学習を大切にします—-という3つの視点を打ち出していた。

 100%安全な食品は存在せず安全と安心は別物であること、食品添加物や農薬の使用について考える場合には、健康に影響をもたらさない量の概念をつかむことが重要であることなど、テキストは真正面から組合員に訴えかけていた。

 そして、10分の1ルールもポジティブリスト制施行を機に廃止した。表向きの理由は「これまで要望してきた制度が実施され、設定された基準の中には0.01ppmという低い数値も多い。その10分の1の0.001ppmは、現在の技術水準では測定できないため、変更した」というものだ。 実際には、10分の1という数字の非科学性は、組織内部でかなり以前から問題となっていたようだ。

 私は、複数の関係者からそう聞いた。しかし、農薬の制度を分かっていない組合員には独自基準の問題点も理解されにくい。それに、以前に組織が決めたことを「あれ、 おかしかったんです」といきなり自己否定することも難しい。そのため、数年かけて組合員と「リスク管理」を学ぶと共に、ポジティブリスト制という“好機”に廃止という手順を踏んだというのが真相らし い。

 こうした生協の姿勢について、組合員の中には「後退した」という印象を持っている人もやはりいるとか。しかし、多くの組合員はすんなり受け止めたという。

 コープこうべが今後強化していくのは、検査で引っかかった商品は仕入れない「出口管理」ではなく「プロセス管理」。既に昨年度、フードプランの新規範も作っている。特徴的なのは、「食品の安全」「良好な 品質」と共に、「生産者の安全」「環境への配慮」も明確にしたことだ。

 フードプラン統括の広田大介さんは 「生協はこれまで、食べる人の安全面ばかりを指摘してきた。しかし、農薬を継続的に使用し被害を受 けるのは生産者。これからは、生産者の安全と健康にも配慮し、組合員との相互理解を深めていく」と話す。

 考えてみれば、88年に10分の1ルールを決めたの も、「農薬は必要不可欠だけれど、なるべく使ってほしくない」ゆえの積極策だったのだろう。そして、科学的な知見と法整備に応じて考えを 改め、ルール変更したのだ。なんといっても、組合員と共に学習してゆ くという姿勢が、シンプルだがすばらしい。

 スーパーマーケットや企業では、消費者に「学習しろ」と言うのは難しい。生協ならではの活動であり、消費行動を変える原動力となるのではないか。国の規制の検証と 現実的な改善提案にも結びつくのではないか。

 日本生活協同組合連合会主催の「たべる、たいせつフェスティバル 2006」が11月18日、19日、神戸国際展示場である。 コープこうべも共催しており、さまざまなイベントが計画されている。 詳細はこちら。(サイエンスライター 松永和紀)

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