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松永和紀のアグリ話

宍道湖のシジミから残留農薬基準超え、使用後の挙動にも今後注目

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2006年11月15日

 島根県宍道湖特産のヤマトシジミの一部から、残留基準を超える除草剤が見つかり、9日に県から発表された。基準といっても一律基準 (0.01ppm)であり、残留濃度は極めて微量。食品としてのリスクなどまったく心配ないレベルだ。農薬とシジミとは、一見、意外な組み合わせだが、水田の多い日本では、農薬の公共用水域への流出はゼロ にはできず、水産物に残留したり、影響をもたらす可能性がある。ポジティブリスト制は、使用後の農薬の挙動研究の重要性を、改めて浮き彫りにしているように思える。

 この問題は、9日に地元紙が報じ、島根県と宍道湖漁協が同日午前に記者会見をして発表した。残留基準を上回ったのはチオベンカルブ(ベンチオカーブともいう)という除草剤で、島根日日新聞や毎日新聞などによれば、宍道湖や流れ込んでいる川の河口などでとれたシジミから、0.03〜0.12ppmが検出されたという。

 ポジティブリスト制以前は、魚介類に対しては農薬の残留基準は設定されていなかった。したがって、いくら残留していても、健康影響が出ない限りは食品衛生法上は問題とはならなかった。

 しかし、ポジティブリスト制導入によって、すべての食品について残留基準という「網」がかけられることになったのは、皆さんよくご承知の通り。科学的に基準を設定できない食品と農薬の組み合わせについては、とりあえず国際基準や他国の基準を参考にして暫定基準を決め、参考にできるものが何もなければ一律基準適用、という手順だ。

 水田用の農薬は他国ではあまり使われず、海外には基準がない場合が多い。そのため、多くの食品について一律基準(0.01ppm)が適用されることとなり、魚介類もその例に漏れず0.01ppmとなった。この結果、0.03〜0.12ppmのシジミも、基準超えとして扱われることになったのだ。

 厚労省の資料によれば、チオベンカルブのADI(許容一日摂取量)は9μg/kg/日。体重50kgの人であれば、一日450μg程度は食べても健康影響がない、ということになる。この量を、もっとも残留濃度が高かった0.12ppmのシジミだけで摂る となると、シジミを3750gも食べなければならない計算になる。

 日本人が平均的な食生活の中で摂取しているチオベンカルブの量は、ADIの数%しかなく、島根県産のシジミを多少食べたところでADIにはほど遠い。今回明らかになった残留量では、健康影響が出るとは考えられない。

 とはいえ、宍道湖産のシジミは全国の生産量の約4割を占め、関心は高く関係者も多い。県は、記者会見のすぐ後に、加工や販売業者、問屋など関係者を集めて説明会も開催した。参加した人によれば、県は、過去の文献からシジミにチオベンカルブが残留する可能性があることを知り、7月から宍道湖内12カ所と3河川内で検査を行ってきたという。

 宍道湖漁協は、基準を上回ったシジミが確認された水域と河口部を8日から操業禁止区域とし、基準を超えたシジミが流通しないようにした。さらに、県は農業団体と協議し、秋まきのムギについてはチオベンカルブを使わないことを決定。また、来年以降のコメや麦作においてもチオベンカルブをつかわないように農業団体と協議中だという。

 県は、こうした状況と今後の対策を、メディアに具体的に説明したようだ。そのため、新聞各紙や地元テレビ局の報道も、淡々と事実を伝えるものだった。

 関係者向け説明会にも、県薬事衛生課、水産課、農蓄産振興課、ブランド推進課の職員と宍道湖漁協組合長などが出席。参加者からは安全性に関する質問も出たが、課長が安全性に問題がないと明言。既に対策を講じたこともあって、関連業者なども落ち着いて受け止めたらしい。県が、準備万端整えて広報に踏み切ったことをうかがえる。

 県は、今後残留基準の変更を国に働きかけていくと説明会で説明したという。一律基準は農薬の残留の程度や食品の摂取量なども勘案して科学的に設定されるものではないので、「科学的な基準設定を」というのは当然の動き。風評被害などには至りそうにもなく、まずは良かった。

 だが、農薬の環境中の挙動に関しては、今後も継続して関心を寄せる必要がありそうだ。田んぼで使われた農薬の多くは分解されたり土壌に吸着されたり、大気中に揮発するが、一部はそのまま水と共に川に流れ込んで行くのだ。

 農薬登録時に、魚やミジンコなどへの毒性は十分に調べられて問題がないことが確認されている。また、農薬の土壌中や水中での挙動、運命などについても調べられている。しかし、実験を基に野外での分布や生態影響を正確に予測するのは難しい。チオベンカルブは、環境省などの資料によれば、好気中では半減期が12日という報告がある。しかし、嫌気中では40日以上分解しなかったという報告があるそうだ。

 田んぼでの農薬の挙動について、何か参考になる文献はないかと探したところ、農業環境技術研究所報告第23号(2004年)に、稲生圭哉さんの論文 があった。稲生さんによれば、水田一筆から農業排水路、河川に至るまでの農薬の挙動を包括的に予想する数理モデルの開発と検証は、これまでほとんど行われてこなかったという。稲生さんの成果を見ると、非常に複雑な挙動を示すことが分かる。

 そのうえに、生物への残留という話になると、生物がどの程度吸収し蓄積するか、というファクターも加わってくる。当然、生物の種によって異なり、また、農薬の性質によっても違ってもくる。なんともややこしい話である。宍道湖のシジミの問題は、そうした「ややこしさ」の果てに表面化した一例だろう。

 実は、9月に明らかになったカボチャへのヘプタクロル残留も、使用後の農薬の挙動が絡んでいた(本欄9月13日付記事参照)。カボチャにしてもシジミにしても、食品衛生法の範疇の検査結果だが、これらの事案が提起した問題は重くて深い。ぜひ、検査結果を今後の全国的な対策に活かしてほしい。農薬の上手な利用、環境負荷を極力小さくする利用につなげてほしいと思う。(サイエンスライター 松永和紀)

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