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松永和紀のアグリ話

注目したい生協の遺伝子組み換え作物“真”のリスコミ

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2006年11月29日

 遺伝子組み換え作物に関するこれほど真剣な議論は、今まで聞いたことがなかった。福岡の「エフコープ生協」が11月に開いた「食のリスクコミュニケーション」である。同生協は今春、一部の牛乳について、乳牛に与えるトウモロコシを、非組み換えから不分別に切り替えた。理由は、生産者から「もう、コスト増に耐えられない」という切実な声が上がったため。しかし、組合員から異論が出たので、生産者や農政事務所職員などにも来てもらいコミュニケーションを図ったのだ。非組み換え作物使用による負担の増大は、農家や食品メーカーなどにとって頭の痛い問題。いかにして、消費者の理解を得るか。 エフコープの動きは参考になるはずだ。

 農林水産省や厚生労働省の方々は「今までだって、真剣にリスコミしてきたよ」と言うだろう。しかし、日本農業の将来の発展に絶対必要だとする推進派と、強固な反対派がそれぞれ意見を述べて交わることなく終わり、どちらも安泰、というパターンが多かったように思う。両者共に可能性をことさらに大きく言うという点では同じ、という印象が私にはあった。

 いずれにせよ、聞いている一般市民にとっては縁遠い話だったのだ。 世間には、組み換えノーという食品企業や生協などがたくさんあり、 「遺伝子組み換え不使用」という食品も山ほどあるし、それほど高くもない。組み換えが不安な人もなんとなく安心していられた。なんとなく、というところがミソで、実態としては、食用油として、あるいは家畜の飼料として、組み換えにお世話になりっぱなし、なのだが…。

 これに対して、エフコープの今回のリスクコミュニケーションは、「価格」を柱に据え、徹頭徹尾、現実に起きていることを考える場となった。エフコープの遺伝子組み換えに対するこれまでのスタンスは、「食品や飼料として承認されている品種の安全性は、既存の品種と差異がない」というもの。そして、組合員がどちらかを選択できるように、表示をきちんと行う。牛乳を生産する酪農家に対しては、 組み換えられた飼料を認めていた。しかし、主力商品については、飼料の約3割を占めるトウモロコシだけは非組み換え品種に限っていた。

 しかし、生産者や乳業メーカーなどから、「負担が大きい」「トウモロコシだけ非組み換えなのは科学的ではない」などの声が出てきた。そのため、時間をかけて協議し不分別への切り替えを決めた。協議の内容については逐次、ニュースなどで組合員に報告したという。

 ところが、協議中の昨年12月、まだ非組み換えトウモロコシを使いつつ、カタログから「飼料のトウモロコシは遺伝子組み換えをしていないものを使用しています」という商品説明をはずしたことから、組合員が混乱してしまった。生協内で打ち合わせが足りず起きてしまった単純ミス。一部の組合員は怒ったという。こうした経過を踏まえ、リスクコミュニケーションは福岡県内で計4回行われた。私は、北九州市内で24日に開かれたものにオブザーバーとして加わった。参加組合員は公募で、この日は11人が集まった。

 エフコープ職員が、経緯や遺伝子組み換えに対する考え方などを説明。遺伝子組み換え作物が安全性評価を受けており、国が既存の作物と差がないと認めていることが説明された。組合員からは「怖い」「短期 の摂取では安全でも、長期の摂取、何世代も続けて食べた時の牛への影響、牛乳への影響は分からないのではないか」「アスベストだって、何十年もたってから被害が分かってきた」などの意見が出た。一方で、「遺伝子組み換えが減農薬につながっているのなら、農薬と組み換えのどちらの方がよりリスクが小さいのか、ということを考えて もよいのでは」という組合員もいた。

 さらに、乳業メーカー社員が、酪農家の窮状を語った。非組み換えトウモロコシの価格は季節によって変動するが、不分別に比べてキロ当たり5円程度は高いのが普通だという。エフコープに出荷する酪農家127戸のために、地域一帯のほかの酪農家146戸も非組み換えトウモロコシを使わなければならない。組み換え品種の混入を避けるためだ。146戸の分の価格差も、エフコープに出荷する酪農家が負担する。結局、エフコープに出荷する酪農家は、非組み換えトウモロコシの使用に より1戸当たり平均して100万円程度、負担が大きくなる。

 この差額分はこれまで、価格に転嫁せず酪農家が負担してきた。当初 はこれほど大きい額ではなかったし、酪農家は「組合員がよく買ってくれれば、差額分も吸収できる」と考えていた。しかし、牛乳消費量は減るばかりだ。

 今回問題となった牛乳は1リットル197円。近隣のスーパーでは牛乳は、160円台が中心価格だ。安売り店に行けば、 100円を切る価格で売られることもある。生協としてもう、値上げは難しい。牧場へ視察に行った組合員理事も、酪農家が衛生管理に気をつけなが ら乳牛を大事に飼育している様子を語った。集まった組合員たちは、非組み換えトウモロコシを“なんとなく”望むことによって、努力する酪農家が苦しめられる現実を知った。

 牛乳と油を比較しての議論も興味深かった。エフコープの扱う食用油の主力商品は、不分別と表示されている。しかし、参加した組合員の多くは、「遺伝子組み換えは怖い」と言いながら、不分別の油をよく表示を見ずに買っていた。

 「油は、直接飲むようなものではないが、牛乳は子どもたちが飲む」 「油は、もともと体に悪い食品。でも、牛乳は良い食品だから」「でも、牛乳は牛にトウモロコシをやってできるもので、私たちの口にはい るまでにワンクッションある。一方、油は組み換えのものを直接口にするんですよ」などなど、理事長から組合員まで言い合う中で、参加者それぞれが自己の主張の矛盾に気づき、真剣に考え始めたようだった。

 エフコープは現在、組み換え飼料を一切使っていない牛乳も扱っ ているが、今回問題となった牛乳に比べて1リットル当たり29円高い。司会を務めた組合員理事の江口瑞枝さんは、「こだわりや生産者の努力、価格など、さまざまな面を検討し、生協としてどう品揃えしていくか考えたい」と結んだ。組合員の中には、「遺伝子組み換えに対する凝り固まっていたイメージが、解きほぐされていった」と感想を語る人もいた。「牛乳を大事にしてもっと飲んで、農家に頑張ってもらいたい」と何人もの人が言ったのが、印象的だった。

 エフコープの今回のリスクコミュニケーションの陰には、理事長をはじめとする職員や組合員理事などの大きな努力、周到な準備がある。福岡県には、遺伝子組み換えの反対運動で全国に名をとどろかす「グリーンコープ生協」がある。組合員の中には、両方の生協に入っている人も多い。それだけに、エフコープは何事につけ、「科学的に判断し、組合員にも理解してもらおう」という意思が強い。

 グリーンコープの牛乳は、もちろん組み換え作物は使われておらず、 「72℃15秒間加熱」「びん」「ホモゲナイズ(脂肪の均質化)の有無を選べる」など特徴がある。販売価格は0.9リットル259円(班配達の場合)。どちらを選択するか、決めるのは消費者である。(サイエンスライター 松永和紀)

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