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松永和紀のアグリ話

何が重要なのかか分からない雰囲気報道にご注意

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2007年1月17日

 私は本欄で毎週、なるべくタイムリーな話題を書こうと思っているのだが、今週はとりあげるべき話題が目白押しで困ってしまった。宮崎の鳥インフルエンザ、不二家、ロスリン研究所の遺伝子組み換え鶏による医薬品生産、FDA(米食品医薬品局)の体細胞クローン牛…。そして、やっぱり思うのだ。ああ、またしても同じパターンの報道が…。

 不二家報道が典型的だ。ブランド力のある老舗企業が、消費者の信頼を裏切り次から次へと問題続出、という話。賞味期限や消費期限切れの原材料使用が数十件と報じ、社長や工場長の他人事のような会見や違反事実の小出しを批判し…。

 でも、食のリスクという点で際だって重要なのは、トータルの違反件数や社長のもの言いではないはずだ。細菌数が食品衛生法に基づく基準を上回っていることが判明しているのに、複数の工場が生菓子を出荷していた。この事実が一番怖い。リスクは、賞味期限や消費期限切れの原材料使用とは比較にならないほど大きい。

 洋生菓子は旧厚生省が1983年に定めた衛生規範により、細菌数(生菌数)が製品1gにつき10万個以下と定められている。この基準を満たさない限り、販売してはいけない。ところが、新聞報道によれば埼玉工場は640万個の菌が出たシューロール678個を昨年6月出荷。札幌工場も細菌数が基準を超えるものを複数回、出荷したという。出荷された時に、基準を上回っていたのだから、店頭で売られた時にはどの程度の菌数になっていただろうか。

 手元にあった「図解食品衛生学」(講談社サイエンティフィク)によれば、生菌数の多さから食品の鮮度あるいは腐敗・変敗の程度も推定できるという。一般には、100万個から1000万個/gまでは食用に供することができ、これが「可食限界」。そして、食品固有の香気がなくなりほとんど無臭となって腐敗のおこる限界時期を初期腐敗といい、この段階での生菌数はほぼ1000万個から1億個/g程度だそうだ。

 シューロールの640万個という数字が、とてつもなく大きいことが分かる。どうしてこのような生菓子を出荷したのか。そもそも、なぜこのような細菌汚染が起きたのか。

 複数の工場で出荷してしまったいうことは、社員がまったくリスク管理を意識していなかった、ということだろう。慄然とせざるを得ない。はっきり言って、社長の辞任とか経営苦境などと言っている場合ではない。これまで働いてきた人たちには大変気の毒だが、「もうこの会社に食品を作ってもらっては困る」というレベルの話だと私は思う。

 今どき、大企業でリスクを意識せずに食品を作っているところなんてないだろう、中小企業はまだまだかなあ、などと思っていたが、またしても私の読みは甘かった。ただ、ほかの食品企業の多くが、まじめにリスク管理して製造しているだけに、残念でならない。

 話を混乱させないために、消費者に食品のリスクを理解してもらうために、メディアには本当に危ないことを危ないと伝えてもらいたかったのだが、どうも雰囲気報道が先行し問題の本質が見えなくなっているように思う。

 鳥インフルエンザに揺れる宮崎県の職員からも、報道に関して興味深い話を聞いた。今回は宮崎の現地に、東京から取材陣があまり来ていないそうだ。県職員は「本当に助かった。粛々と防疫措置を実施することができる」とほっとしていた。

 これまでに発生した地域では、地元記者のほかに、東京からワイドショーやらニュースショーやらの取材陣が押しかけて、大混乱となっている。私は、大分や山口で高病原性鳥インフルエンザが発生した時の行政職員何人かに後でインタビューしたことがある。「入るな」と指示したところに取材陣が出入りして、職員が「ウイルスが拡散する」と青くなるようなトラブルが頻発したようだ。地元記者には記者クラブを通して申し入れできるが、東京からの落下傘部隊には情報がなかなか伝わらないのだ。

 職員に取材が相次ぐので業務に支障を来した、という話も聞いた。県側は情報公開に努めようとしているので質問にも応じるが、あまりにも初歩的な質問を代わる代わるされるので閉口したという。この点は、地元記者も同じ。

 ある県の対策本部には、毎晩朝刊の締め切り近い11時や12時ごろになると、何人もの新聞記者から「こういう原稿を出しますけれど、この表現で大丈夫でしょうか。間違いはないでしょうか」というお伺いの電話がかかってきたという。仕方がないので、広報責任者が毎晩、この時間になると本部に待機していたそうだ。責任者はこの状況を振り返って「こちらには、嘘をついたり都合のいいことだけ書かせようという意図はまったくなく、本当のことを答えるだけ。正しい報道につながるのでよいのですが、でもちょっと変ですよねえ。もう少し勉強して欲しかったなあ」と笑っていた。

 今回の宮崎の鳥インフルエンザに落下傘部隊が押し寄せないのは、鳥インフルエンザに新味がないこともあるが、不二家問題やバラバラ殺人など、ほかに取り上げたい事案が多く忙しいという理由も大きいだろう。

 しかし、この鳥インフルエンザは、感染症のリスクとしてはとてつもなく大きくなる可能性を秘めている。防疫対策の邪魔をされると困るが、もう少し関心を持って報道してほしいものだ。

 マスメディアの報道の大きさとリスクの大きさは一致しない。マスメディアだけを見ていると、何が重要なのか、大切なのか、分からなくなってしまう。そんなマスメディアの役割ってなに? ひとり、考えている。(サイエンスライター 松永和紀)

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