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松永和紀のアグリ話

有機・無農薬栽培に使われる“農薬でない植物保護液”とは?

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2007年4月4日

 「農薬ではありませんが、これを使うと植物が元気になり有機、減農薬栽培に最適です」。このような触れ込みで売られる「植物保護液」や「抽出液」などと称する商品がまた、農業現場で出回っている。世間の有機・減農薬志向は強く、生産者もつい手を伸ばしてしまう。でも、止めた方がいい。4日の日本農薬学会で、これらの資材の1つから殺虫成分が検出されたと、本山直樹・千葉大教授らが発表した。

 「農植物保護液」「マメ科植物クララの抽出液が主成分」などと資料でうたう商品が研究室に持ち込まれ検討を依頼されたため、殺虫活性の検定と有効成分の分析を試みたという。

 イエバエやコナガで殺虫活性が認められたため成分解析を進めた結果、アバメクチンという殺虫成分が含有されていると考えられた。主な根拠は(1)HPLC解析で、アバメクチンとピークが一致し、その部分のUV吸収スペクトルも一致(2)LC/MS解析でも ピークが一致し、アバメクチンに特異的に見られる4種のイオンのスペクトルの位置や高さもこの商品と一致—-などである。本山教授は「アバメクチンを含有しているのはほぼ間違いない」とみている。

 アバメクチンは、海外では農薬として使われるが、日本では農薬成分としては認められていない。2002年に無登録農薬問題が発生した時に、全国で使用が確認された。行政は使わないように指導している(参照:農水省資料)。

 いわば、札付きの物質。ところが、またもや商品になっているのだ。本山教授は、2月にあった農薬関連の組合の会議で、この商品に関する研究を進めていることを公表。さらに、日本農薬学会の講演要旨集にも書いたため、業界に波紋が広がった。

 この商品の製造販売元は、学会発表に先立ち3月、販売自粛を決定。代理店などに送った文書によれば、検査機関の分析結果を基に「安全だと確信していた」というが、本山教授の研究公表を受けて、「現在の日本の分析機関は、レベルや分析機器等がまちまちで、ポジティブリストの739項目も分析できる機関がありません。(中略)このような状況では、今後も皆様方に大変ご迷惑をおかけすると考え、いったん販売を 自粛し、少しでもポジティブリストに対応できる分析等を添え販売を再開したいと考えています」としている。

 この商品は、氷山の一角かもしれない。本山教授が調べた商品だけではなく、ほかの商品にもアバメクチンが含まれていることを、いくつかの研究機関が確認している。ただし、本山教授のように複数の方法で確認しているわけではないので、公表できない状況だ。

 2002年の無登録農薬問題当時と異なるのは、現在の商品はどれも「農薬ではない」とうたっていること。したがって、農薬取締法では取り締まれない。

 では、農家はこうした資材を使って良いのか。いや、そうではない。 2つの問題がある。まず、アバメクチンは、天然物質とは言いながら殺虫活性があり毒性がある。農水省の資料によれば、急性経口毒性(LD50)はマウスで 13.5 mg/kg、ラットで10.0mg/kg。一般的な農薬に比べてかなり高く、毒性が強い。

 農薬は用法用量に厳しい規制があり、正しく使えば農家の健康も守られる。しかし、このような資材は使い方を規定していない。「農薬ではないから」と気軽に使ってまずリスクを被るのは、農家である。

 さらに、できた農産物が食品衛生法に触れる可能性もある。登録され ている農薬は、用法、用量、使用時期など守れば、農薬の残留量が基準を超えることはない。しかし、アバメクチンの場合、残留基準は多くの 農産物で0.01ppmと設定されているが、このような農薬ではない商品は、農産物に使用した時の残留の程度が不明だ。

 実は、「農薬ではない商品」の中には、アバメクチンではなくほかの合成化学農薬を含有しているものもある。ある商品については、複数の県が農薬成分を検出し農水省に報告している。某県は、実際に作物に使用し残留濃度を測定する「作物残留試験」を実施。残留基準の2倍量の化学合成農薬を検出した。

 この県は昨年、「市販の農業資材に農薬成分が混入している事例があった。農産物に使用すると、食品衛生法に基づく残留基準を超えるおそれがあるので留意を」との趣旨の文書を、県内の農業関係団体に出している。

 でも、「農薬ではない」と称しているために、農薬取締法では規制できない。皮肉なことに、こうした商品は無農薬や減農薬栽培、有機栽培を志向する生産者によく使われている。本山教授が分析した商品は、有機農産物の栽培にも使われ、大手種苗メーカーも販売商品として取り扱っていた(本山教授の指摘後、販売中止)。某県が合成化学農薬を検出した商品を散布して栽培された農産物は、特殊な農法による安全・安心・健康にこだわった食品として、スーパーで少し高めの価格で売られていた。

 多くの人たちが実体を把握しないまま「農薬ではない」という言葉に 惑わされ、「だから良い」と思い込んでいたのだ。

 本山教授は、10年以上前にも法外な価格で売られている「植物抽出液」から化学合成農薬を検出し、1996年に日本農薬学会誌などで論文発表した。当時は、業者が防除効果をうたっていたことから、 農水省が行政指導を行った。2002年の無登録農薬事件当時も、行政指導が行われた。なのに、ほとぼりがさめると、こうした商品が復活してしまう。

 農家は、世間の減農薬志向の中で「農薬ではないが虫をやっつけるという液体がほしい」と願っている。冷静に考えればあまりにも矛盾する欲求なのだが、そこを一部の業者につけ込まれる。

 ただし、昔とはまったく異なる状況もある。以前はアバメクチンや今回某県が検出した物質は、定量が非常に難しい物質だった。しかし、ポジリス制の施行などに伴い分析技術が飛躍的に上がり、自治体の研究機関などが比較的簡単に調べられるようになっている。怪しい「保護液」や「抽出液」、そうした商品を使う生産者に対する監視の目は格段に厳しくなっている。

 行政には、悪質業者を取り締まる筋道を作ってもらいたい。そして、 生産者には、法律の網の目をかいくぐるような高価で中身の分からない商品には手を出さず、必要ならば適切に最小限の農薬を使ってほしい。 それが、もっとも誠実な「食と生産の安全確保策」であると私は思う。 (サイエンスライター 松永和紀)

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