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松永和紀のアグリ話

中西準子氏が勝訴したのに、報じない新聞

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2007年4月11日

 環境リスク研究で著名な中西準子・独立行政法人産業技術総合研究所化学物質リスク管理研究センター長が2005年、松井三郎京都大学教授(現名誉教授)に名誉毀損で訴えられた損害賠償請求事件の判決が2007年3月30日、横浜地裁で言い渡された。原告側の請求は棄却。中西氏の反訴も棄却されたが、これは法廷戦術なので、中西氏の全面勝訴と言ってよいだろう。不思議なのは、提訴時に記事にした新聞が4月11日現在、どこも判決を記事化していないことだ。訴状を基に松井氏の言い分に則って記事化したメディアの責任は、どこへ行ったのか。

 この判決は食の機能や安全とは直接的には関係がないが、政策や社会の動向を左右する科学的議論をどのように行うべきか、マスメディアがどう関わり報道していくかを考えていくうえで重要な事件であったと思うので、取り上げるのをお許しいただきたい。

 ことの発端は、環境ホルモンのリスクコミュニケーションを議論する国際シンポジウムでの松井氏のプレゼンテーションを、中西氏が自身のウェブサイトで批判したことである。これに対して、松井氏は「事実に反し、名誉を著しく毀損する」と訴えた。そして、中西氏も松井氏を反訴した。

 判決は、中西氏が「専門家は自分の研究成果を社会に発表すると共に、他人の発した誤った情報を批判する義務を有する」と考えて、自身のウェブサイトでさまざまな事柄について見解を表明していることを踏まえ、「原告の名誉を毀損するほどに原告の社会的評価を低下させたとまではいえない」などとした。

 詳細は、環境ホルモン濫訴事件:中西応援団で判決のご一読を。訴状や原告被告双方の提出書面などもアップされている。さらに、本欄2005年11月2日付、11月9日付も参照してほしい。

 科学の進歩は、批判と議論を抜きにしては、ない。これまで、日本の科学者の世界はとかく、表立った批判と議論を避ける風潮があった。中西氏は、学術的な成果だけでなく科学者の社会的責任を問い、自身も情報公開とコミュニケーションの責務を果たそうとしている。その活動の一端が個人のウェブサイトであろう。そこでの批判を、読者も科学的な議論として受け止める。「当たり前のことが、裁判所でも認められた」というのが私の印象である。松井氏は、控訴はしない意向らしく、この問題はこれで終了だ。

 だが、気にかかることが一つある。松井氏の提訴時に原告側代理人によってプレスリリースが出され、それが記事化されたことによって事実上損なわれた中西氏の名誉は、いったいどう回復されるのか。

 提訴時に共同通信社が配信した記事は、中西氏の見解を載せず「松井教授は事実と違うとして抗議して今年1月に記述は削除されたが、謝罪はないとしている」などと、一方的だった。読売新聞の大阪本社版は、「中西氏は05年1月20日、記事を削除、『私に非がある』とする旨をHPに載せたが、原告側は『科学者は批判をする時は、合理的根拠を示すべきだ。名誉回復措置も講じられていない』として、提訴したとしている」と記述。しかし、中西氏は、「きちんと調べて自分なりの見解を出すまでの間、引き下げる」としたものであり、「もう一度検討し、私なりの考えを発表します。私に非のあることについては、その時点でもう一度謝罪させて頂きます」と説明していた。読売新聞の書き方と実態は大きく異なる。

 民事訴訟が記事化されるケースは多くない。記事の内容に対する主観的な感想は横に置いても、山ほどある民事訴訟の中からわざわざ選び出し記事化したのなら、判決内容もきちんと伝えるべきであろう。そうしないのは、なによりも読者に対して不誠実であり、言論機関の信頼性を損なうことになる。なのに、新聞は判決を報じない。

 だが、中西氏にとってはもはや、新聞が判決記事を書こうが書くまいが、関心の外なのではないか。中西氏に以前にいただいたメールの記述をもう一度、ご紹介しよう。「マスコミに頼らなくとも、個人の意思を伝えることができる時代になった。一人でも伝えることができるという気持ちと努力が必要ではないか。一人で伝える努力をせずに、マスコミの悪口を言うのは、結局マスコミに頼っているからではないかといつも思っています」

 今回の訴訟は、発端となった記述がネット上で行われ、中西氏はネット上で裁判に関する見解を発表し続け、訴状や提出書類もネット上の中西応援団ですべて公開された。裁判の経過を伝える新しいタイプの情報公開であり、情報の受け手は積極的になれば、裁判に関する情報をほぼすべて、入手できた。それに対して、提訴だけを記事にし知らん顔の新聞……。新聞はこうして、信頼を失い自滅の道を辿るのか。元新聞記者としては堪え難いことだが、これが現実なのだ。(サイエンスライター 松永和紀)

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