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松永和紀のアグリ話

単純思考の果てに……バイオ燃料研究バブルが始まった

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2007年5月30日

 独立行政法人農業環境技術研究所(農環研)が先週、シンポジウム「食料 vs エネルギー 穀物の争奪戦が始まった」を開催した。センセーショナルなタイトルだが、農業・食料に関する分析で世界的に有名なレスター・ブラウン氏も登場し、「オレンジジュースが高騰」「マヨネーズ値上げ」などと騒いでいるメディアとは異質の深い議論が展開された。バイオ燃料の影響は、巷間言われるような「環境には良いが、食品価格が上がる」というような単純さにはとどまらない。

 ブラウン氏が基調講演を行ったのだが、講演に触れる前にパネルディスカッションでコーディネーターを務めた秋山博子・農環研主任研究員による現状分析をご紹介したい。簡潔だが的確なまとめで問題の全体像をとらえている。

 秋山さんによれば、世界的なバイオ燃料ブームの背景には、地球温暖化対策/石油価格の高騰と高値安定/国際情勢に左右されない自前のエネルギー確保の動き??がある。さらに、穀物の高値につながっている米国のエタノールブームの背景には、次のような複雑な事情が絡まっている。

a.石油の中東依存を軽減したい(安全保障対策)
b.国内農業の保護
1)農家の所得安定
2)農産物の価格維持
・農業補助金からの切り替え
・WTO農業交渉の加速
c.農村での雇用創出
d.内需の喚起

 なるほど、と思ったのはWTO農業交渉に関する指摘だ。農家に対して「農業補助金」を出すのではなく「エタノール補助金」として出せば、農家を保護しつつも大義名分が立ち、WTO農業交渉において米国が有利になる、という。エタノールブームは米国の巧妙な農業政策なのだ。

 米国のトウモロコシは、エタノール化という特需に沸き投資資金も流れ込み、わずか1年ほどで1.5倍から2倍の価格に跳ね上がった。さらに、オーストラリアの干ばつなども手伝ってダイズやナタネ、コムギなど穀物全般の価格が押し上げられて、飼料や食品の高騰につながっている。

 さらに秋山さんは、環境に良いと見なされるバイオエネルギー生産により、浮上が懸念される農業環境問題を次のように挙げた。

・サトウキビ生産の拡大によりブラジルのセラード(亜熱帯サバンナ)の生態系が破壊される
・オイルパームプランテーションの開発により、森林が破壊される(インドネシアなど)
・トウモロコシの連作による病害虫の多発(米国)
・高収量作物の栽培による水資源の枯渇、土壌資源の劣化

 オレンジ畑がサトウキビ畑に変わる現象など、本質的な問題ではない。熱帯雨林やセラードなど、貴重な生態系を持ちCO2吸収や水資源保持などさまざまな機能を果たしてきた地域の破壊が急速に進んだ場合、地球全体にもたらす打撃は予測不可能だ。

 また、米国の生産力も気にかかる。これまで農家は、トウモロコシとダイズの輪作システムにより土壌の肥沃(ひよく)度を保ち比較的安定した生産を続けてきた。しかし、今年はダイズではなくトウモロコシを作付けした割合がかなり高いという。トウモロコシの連作による影響が数年後にどのような形で出てくるのか、こちらも不明な点が多い。

 秋山さん自身は、ほかの研究者と共に温室効果ガスの一種、亜酸化窒素の水田や茶園からの排出量などを調べ発生抑制する施肥技術などを検討し、目覚ましい研究成果を挙げている。それだけに、落ち着いた話しぶりながら最先端の研究者の大きな危機感がひしひしと伝わってくるような解説だった。

 レスター・ブラウン氏の話は、こうした現象、予測を踏まえてのもので、「8億人いる車の所有者と20億人の貧困層が食料を奪い合う」と指摘。「今後奪い合いが激化し食料価格が上昇すれば、貧しい国々は政治的に不安定になり崩壊し、世界的な文明の崩壊にもつながっていく。この奪い合いには調停者、仲介者が存在せず、動かしているのはマーケットだ」と述べた。そして、バイオ燃料の工場新設などを一時的にストップしてモラトリアム期間を設け、世界的な食料確保や環境影響などを検討する必要性を強調した。

 「ちょっとあおり過ぎでは」と思う部分もあったが、大筋はその通りだと思った。日本で今、「穀物が高騰すれば肉が上がる」「非組み換えトウモロコシやダイズが手に入らなくなる」などと騒いでいるのは、やっぱり客観的に見ればぜいたくな悩み。その上、日本は海外からバイオエタノールから作ったETBEやバイオエタノールを輸入して「環境に良い燃料」などと言っているのだ。ブラウン氏が日本を直接的には批判しないだけに、貧しい国々の食料を奪って飼料にし、さらに燃料化する日本の姿を改めて見せつけられたような気がして、私は苦い思いを味わった。

 さて、これから何をすべきなのか。

 シンポジウムであっさり答えが出るようなテーマではない。今回のシンポは、「バイオ燃料は環境に良いが、食品価格は上がる」という単純な見方を打破し、多様な情報と視点を市民に提供するのが大きな狙いだったという。

 単純な思考は何もメディアや一般市民だけではなく、日本の企業や農業系研究者、行政関係者の間にもある。とにかくバイオ燃料絡みの話にしておけば、予算がつきやすくなる、というムードがある。そして、どう考えても採算が合わず環境負荷も大きく現実的ではない研究計画が、未来を担う技術のようにメディアに取り上げられる。

 思い出されるのは、環境ホルモン騒動のころの雰囲気だ。「危ない」とマスメディアでぶち上げた研究者たちが研究資金の多くを獲得したが、十分な成果を挙げられなかった。今年度の国のバイオ燃料絡みの予算は100億円を超えている。環境ホルモン騒動と同様のバイオ燃料研究バブルが起きているのではないか、と思える。

 もっと真摯(しんし)な研究と施策を。農環研は行政や研究者、企業に対してもそう提唱しているのではないか。長年食と環境の複雑な相互影響について研究してきた機関として自負と自戒を込めているのではないか。

 実は、長年農業と環境、自然エネルギーなどに関する研究をしてきた何人もの人たちが、「見通しのない研究バブルが始まっている」と私に連絡してきてくれている。しっかりと見ていかなければならない。 (サイエンスライター 松永和紀)

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