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松永和紀のアグリ話

食安委の結論で露呈した新聞メディアの無責任

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2007年9月5日

 今年6月、地方紙を中心に約40紙で「組み換えトウモロコシ 成長・腎臓に影響か」という記事が載った。やり玉にあがったのは、Monsanto社が開発し、既に商品化されていたMON863。四段や五段の見出しをつけ、でかでかと掲載した地方紙も少なくなかった。これに関する食品安全委員会の「結論」が先週8月30日、まとまった。「ヒトの健康に悪影響を及ぼすことを示す新たな懸念はない」というもの。だが、この結論を記事化した新聞は私が調べる限り、未だない。

 このMON863については、GMOワールドが6月18日、詳細な検証記事「共同通信でパニくる前に知っておくべきこと?Mon863ラットスタディ」を書いている。畝山智香子さんの「食品安全情報blog」でも、MON863で検索すればEUなど世界の動きがほぼ分かる。また、食品安全委員会の結論は、昨日掲載の「傍聴友の会」で紹介されている。

 これらを読んでいない人もいると思うので、これまでの経緯を簡単に振り返ろう。

 Monsanto社が行ったMON863に関する研究データについて、フランスのNGOとCaen大学Gilles-Eric Seralini教授らが再解析し、「ラットへの悪影響が認められる」とする論文をまとめた。米国の学術誌でピアレビューされたうえで3月に発表された。Greenpeaceが3月13日、論文を基にMON863に対する疑義を表明し、大きな注目を集めることとなった。

 日本では約3カ月後の6月14日になって、共同通信が「成長や内臓機能に影響か」という記事を配信。だが、論文発表直後から内容を検討してきた欧州食品安全機関(EFSA)は、6月28日には見解を公表。論文の研究に不備があり新たな問題点を提起するものではないと指摘し、「安全だとしたリスク評価を変える必要はない」とした。

 日本の食品安全委員会遺伝子組換え食品等専門調査会も4月16日と8月3日に取り上げ、統計学や毒性学の専門家を招いて意見を聞き検討した。そして8月27日、見解をまとめて食安委委員長に報告し、30日に了承された。食安委もEFSAなどと同様に、「ヒトへの悪影響を示唆しているという指摘は妥当でない」というのが結論だった。(見解は、第204回会食安委資料として、公表されている)。

 食安委もEFSAなども、Seraliniの論文の質を2つの視点から見ている。Seraliniは、Monsanto社の公表データ494項目について別の統計学的手法で再解析し、40項目でMON863投与群と対照群の差があったことから、「MON863の安全性は疑問」という結論を導き出した。そのため、統計学的に妥当な研究なのか、また、体重や尿中のリン、ナトリウム量など差が出た40項目ははたして毒性学的に意味がある差なのか、ということが焦点だった。

 そして、前者の統計学的妥当性については、統計学の専門家が日本でもEUでも、「この論文は、かなりヘンな統計解析をしていますよ。ダメ解析でしょう」という趣旨を断言している。毒性学的には「たしかに差が出た項目があるけれど、その出方がバラバラで一貫性がない」というところで、専門家の意見が一致した。例えば、MON863を飼料に11%混ぜた「11%投与群」のオスで、対照群に比べて3.3%体重が減少したのに、GMOの量を増やした「33%投与群」のメスは逆に、3.7%体重が増えているのだ。MON863の投与量を増やせば影響が大きくなる、というような用量相関性が、ほとんどの項目でない。また、雌雄の違いによる影響の出方にも一貫性がない。「これじゃあ、意味のある差とは言えませんよ」というのが、専門家の見解だ。

 どうもSeraliniの研究は、実験で使われた数百匹のラットの個体差を考慮にいれなかったところに致命的な問題があるようだ。実験で使われるラットは、実験用に確立された遺伝的に均質なもの。だが、それでも個体差がある。さらに、環境的な要因も出てくる。ラットは繊細で、食安委専門調査会で「特にケージで育っている間に、強いラットのそばにいる弱いラットは、とかく虐げられるというような現象が現実にある」というような話が紹介されている。私も以前、「部屋のドアの近くにいるラットは、神経質になって体重減少などの影響が出やすいから要注意」などという話を聞いたことがある。

 毒性学の専門家にとっては周知の事実であり、実験はこうしたファクターはできるだけ取り除くように十分に注意されて行われるが、それでも取り除けない場合がある。このため、通常は「差が出た」=「毒性あり」という一足飛びの結論は導き出さないが、Seraliniはお構いなしだった。

 こうして、科学的には決着が付いた。EFSAの結論から2カ月以上たっても、第三者の立場にあるまともな科学者から異議が出ていない以上、これで終わりだ。

 一連の経過を見ていて気づくのは、GMO反対派の市民団体の間に学術論文に対するねじまがった理解がある、ということだ。これまで反対派は、「GMOに毒性があると主張するけれど、まともな学術論文がないじゃないか」とさんざん批判されてきた。古くは、Benbrookの除草剤耐性ダイズは収量が減少するとしたリポートも、昨年のErmacovaの除草剤耐性ダイズを食べさせたラットの子どもに影響が出たという説も、学術的には論文がないため門前払いだった。

 そのため、Seraliniの論文が出た時に、市民団体などは鬼の首を取ったかのように「論文だ」と大騒ぎした。しかしもちろん、学術論文が出たから正しい、というわけではなく、論文が出てやっと議論のスタート台に立ったというだけ。あとは、シビアな学術的検証にさらされなければならない。それが、EFSAや食安委のやったことだ。

 「差が出ているけれど、意味がない」というEFSAや食安委の今回の結論は、一般市民には非常に分かりにくい。反対派は「差が出てるのに意味がないなんて、詭弁もいいところ。これらの組織のいい加減さが暴露された」と主張するだろう。

 だが、生物の実験を少しでもやったことがある者なら、個体差が意外に大きいことと、統計処理の方法の選び方によっては恣意的な結論を出せることを実感している。EFSAの資料や食安委の資料、議事録など見る限り、実に真摯な検討が行われ判断が下された、と私は考えている。

 さて、毎度毎度のメディア批判で申し訳ないのだが、最後に日本のメディアのやり口に触れざるを得ない。

 私が新聞記事のクリッピングサービスなどで調べたところ、共同通信が論文発表3カ月後の6月に「成長・腎臓に影響か」と配信した時には、日本経済新聞、産経新聞と、北海道新聞や京都新聞など地方紙、計41紙が掲載している。EFSAが「問題なし」との結論を出し、約2週間後に共同通信が配信した時には、地方紙13紙が載せている。記事は、前回に比べてかなり小さい。そして、食安委の今回の結論の報道は今のところゼロである。

 つまり、最初の「危ない」という大きな記事を読んだ人の多くは、信じ込んだまま、ということ。新聞というメディアはとうとう、これほど無責任なことを平気でやるようになってしまったのだ。(サイエンスライター 松永和紀)

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