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松永和紀のアグリ話

健康食品で健康は買えない-高橋久仁子教授の新著を読む

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2007年10月17日

 尊敬する高橋久仁子先生から、新しい著書「フードファディズム メディアに惑わされない食生活」(中央法規)を頂いた。多くの人が、健康を買ったつもりになっている現代の「食」について、科学的な妥当性だけでなく社会科学的な面からも検討した内容。語り口は平易で、あっという間に読み終えられる。だが、先生が突き付けた課題は重くて深い。多くの人にお薦めしたい。

 高橋先生は群馬大学教育学部教授で、米国で生まれた「フードファディズム」という概念を、日本で初めて翻訳、紹介した研究者だ。フードファディズムとは、食べ物や栄養が健康や病気に与える影響を過大に評価したり信じたりすること。本欄読者なら、もうおなじみだろう。 目次は次の通り。

第1章 「フードファディズム」とは何か
第2章 あふれる食情報との付き合い方
第3章 「健康食品」で健康は買えるか
第4章 マスメディアに見る食情報
第5章 宣伝トリックを見抜く目を
第6章 男も女も料理ができて一人前
第7章 「フードファディズム」に陥らない食事法

 「おわりに」で、高橋先生はフードファディズムの研究を始めた経緯に触れている。20年前、教育学部の教員になったころ、「砂糖をたくさん食べると骨の中のカルシウムが失われる」「有精卵は体に良い」といった、“そんなバカな”という情報が、地味な食生活教育を妨げているという現実に直面した。そして、フードファディズムという概念を知り、「この概念を導入して、雑多な情報を整理してみよう」と思い立った。

 学術研究として評価してもらえないかもしれないという不安を抱えながら始めたそうだが、高橋先生をさらに研究へと駆り立てたのは、「怒り」だったという。

 1988年、コラーゲンを1%だけ含有する清涼飲料を「これを飲めば筋肉がつく」と錯覚させるTVCMで売っていた企業に、「宣伝の在り方がおかしい」と問いかけた。ところが、広報担当社員はこう言ったのだ。「しょせん清涼飲料水ですから、消費者があの宣伝をどう受け止めようと勝手です」。

 誤解・錯覚する消費者が悪いと言わんばかり。高橋先生は、「この怒りは未だ消えず、宣伝トリックを見抜く目を養う重要性を訴える原動力となっている」と書く。

 長年の研究を基に、本書では第1章から第5章まで、さまざまな所に潜むフードファディズム、トリックの具体事例を解説し、読者の「見抜く目」を育ててゆく。問題とされるのは、健康情報番組や広告宣伝から農水省系研究所のメールマガジンまで、多岐にわたる。

 第6章は、高橋先生がフードファディズムとともにもう1つの研究の柱としている「食とジェンダー」に触れる。「食事のことは女性の領分」という社会通念は、男性にとって大きな不利益だ。「1人に1つしかない胃袋をターゲットにした商業戦略は熾烈になるばかり。自分自身が何をどれほど食べればよいのかを承知し、自分で考え調整しなければ自分の健康はもはや守れない」と先生は説く。

 そして最後の第7章。どんな食事が良いのか、素材と献立の実例が載っている(写真は、1日分の食事の素材例)。食材の姿が残る単純な料理、例えば魚の塩焼き、肉のソテーや炒めもの、野菜のおひたしなどが「素材型簡便料理」と命名され、詳しく紹介されている。

 質素だが粗食とは違う。どこにでも売っている食品を、バランス良くほどほどに食べる。そして、時にはテレビや雑誌などで紹介される、先生の命名するところの「複合型煩雑料理」を楽しむ日もあっていい。

 1人ひとりがそうやって、自分の食生活を継続して運営する力をつけていくことの重要性が、語られている。先生はこう書く。「良い食生活で守られる健康の範囲は広いが、どれほど『良い食生活』を営んでも防ぎきれない病気もある」。だから、「そこそこの健康を求めてほどほどに食べる」のだ。

 この章こそが本書のポイントであろう。書かれている内容は大切なのに多くの人がたぶん、「あっ、当たり前のことが書いてある」で済ませてしまう。メディアも、このタイプの情報を伝えない。ニュースになるのは特別なもの、変わったもの。複合型煩雑料理か粗食、超スピード料理など、何かが“違う”ものだ。だれも得しない「普通のこと」を、メディアは報道しない。

 我が身を振り返っても、同罪だ。メディア批判はできても、「じゃあ、どんなご飯がいいの?」という素朴な疑問に答える原稿は書けていない。依頼がないし、面白く書く自信もない。結局、最初の読者である編集者に「こんな当たり前の話、わざわざ書かせる意味がない」と思われ、次の仕事の依頼が来なくなるのが怖いのだ。

 だから、改めて「普通のご飯をバランス良く食べる」ための知識が提供され、その幸せがきちんと書かれている第7章が、私の心に響く。先生は講演でも最後に必ずこの献立例を説明する。私は、報道関係者向けの講演を聞いたことがあるが、どの記者も全く関心を持っていないのがありありと分かった。それでも、先生は話をする。その勇気が私の心にしみるのだ。

 約20年前にフードファディズムの研究を始めた時に高橋先生が抱えた不安、学術研究として評価してもらえないかもしれないという不安は、まだ回答を得られていないという。

 学術研究も、報道と同じかもしれない。特別なこと、新しいことでないと評価されない。だが、それと、人の暮らしにおいて大事な本質はたぶん異なる。そして、高橋先生は本質をえぐり出し、私たちに教えてくれる。(サイエンスライター 松永和紀)

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