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松永和紀のアグリ話

市民に迎合しすぎたかもしれないGM研究-その2

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2007年11月14日

 先週、農業環境技術研究所主催で開かれた公開セミナー「遺伝子組換え作物の栽培と生態影響評価」を紹介し、「市民に迎合した研究をし過ぎているのではないか」と書いた。少々扇情的、挑発的なフレーズで誤解を招いたかもしれない。市民が、遺伝子改変について「畏れ」を感じ さまざまな不安を抱き混乱に陥るのは、ある意味当然のことであろう。 科学者には、混乱する市民の細かな1つひとつの要望に応える研究をするだけではなく、大きな見取り図を示してほしい。

 セミナーで紹介された4つの研究が、かなり限定的なものであったことを先週書いた。その理由は、市民の不安に応えるために、農業現場や輸入されるセイヨウナタネの輸送の実情に即した調査や研究になったためだ。さらに、調査や実験には多くの制約も付きまとい、研究が始まった 2001年当初に種子が手に入りにくかった害虫抵抗性作物については、野外試験は行われていない。また、研究者としては、英国のように実際の畑でGMOの栽培試験も行いたかっただろうが、強い反対運動が予想される中では、できるはずもなかった。

 だが、そもそも市民の不安に基づく要望が、かなり分裂し混乱していた。一例を挙げて説明しよう。

 2000年のコンセンサス会議の市民パネル提案の中に、近縁植物への交雑の問題がある。市民は、専門家から「我が国では交雑が認められていない」という主張と「デンマークの実験で、除草剤耐性ナタネと雑草が交雑し雑草が除草剤耐性を獲得することが報告された」という主張を聞き、「近縁植物への交雑は生態系維持のうえで重要と思われるので、長期的な視点での調査を実施することを要望する」としている。

 現実には、GMOでなくとも外来植物による生態影響は、さまざまな形で既に起きている。輸入された飼料や牧草の種子の中に外来の雑草の種子が混じっており、国内に入り込み繁茂しているし、各種の除草 剤耐性雑草も見つかっている。また、国内の雑草においても、なにもGMO技術を使わなくとも、おそらく突然変異によって除草剤耐性を獲得し、それが同種の雑草や近縁種に広がっていくケースがある。実際に、水田では90年代、スルホニルウレア系除草剤に耐性を持つ雑草が何種類も見つかった。今も、大きな問題である。

 つまり、近縁植物との交雑は、GMO固有のリスクではないし、除草剤耐性遺伝子の拡散もGMO固有の問題でもない。だが、農業現場でどんな問題が起きているか、市民は情報を把握できないので、GMOに関する情報だけを提供されて「GMOが交雑して生態系に影響をもたらしたら大変だ」となり、さらに一足飛びに「交雑についての長期研究を」ということになってしまった。

 さて、市民はGMOが交雑しない条件を知りたかったのか、交雑がもたらす生態系への影響がイヤなのか。スルホニルウレア系除草剤に 対して耐性を持つイネ科雑草が田んぼに生えていても何の関心もなく、GMOからグリホサート耐性遺伝子が拡散することだけを気にする理由は何なのか。市民パネルの提案をいくら読んでも、よく分からない。

 このような状態で「研究しろ」と言われた研究者は、苦しかっただろう。市民は混乱し真意は分からず、研究の制約は山ほどある。その中で、できることを最善の努力を尽くしてやった、というのが今回の明らかな成果だと思う。

 だが、環境影響研究は大きな不確実性を伴う。そもそも、ベースラインがよく分からないのだ。多様な生物種がいる、という現象はだれもが知っているけれど、どのようにかかわり合っているのかなど、まったく分かっていないと言ってよい。その中で実験を組み立てたり調査解析して、差があるのないのと結論づけるのは容易ではない。

 できれば研究者には、農業現場で起きているさまざまな問題を俯瞰したうえで、GM技術固有の影響と、GM技術によって導入され た新たな形質がもたらす影響、それに農業技術上の変化を、区別し整理して市民に提示してほしかった。大きな見取り図の中で、今回発表され た研究から何が分かって何が分からないのか、限界も明確にしてほしかった。

 残念なことに、農水省と農環研が作ったカラー版の立派なリーフレット「遺伝子組換え農作物の長期栽培による環境への影響について」は、 驚くべき文脈で研究が紹介されている。ダイズ、ナタネ、イネ、トウモロコシについての長期栽培試験の結果が簡単に解説され、「全体の概要」のまとめとして、「これらの試験から、遺伝子組み換え農作物の栽培は、畑や水田環境中の植物相、昆虫相、土壌微生物相に特別な影響を及ぼさないことが明らかになりました」と書いてある。

 だが、そうではないだろう。試験で使われたのはすべて、除草剤耐性という形質を導入された遺伝子組み換え作物である。これらの試験から言えることは、「除草剤耐性の遺伝子組み換え作物に関してだけのことであり、少なくとも「遺伝子組み換えは〜」ではない。しかも説明したように、試験は極めて限定的なものである。科学的には「特別な影響を及ぼさない」などと断言できるものではないはずだ。

 こういうごまかしは、「市民の疑問に答え不安を解消する」という研究の性格付け故に、出てきてしまったのかもしれない。「分からないこと」を市民と共有し、環境影響、生態系への影響について不明なことを 山ほど抱えたまま人類が食糧増産に突き進んできたという現実も踏まえて、「では、GMOの固有のリスクはあるのか?」と落ち着いて検討していけないだろうか。

 嬉しいことに、公開セミナーでこのリーフレットの問題を指摘したのは、研究者側の1人だった。市民を交えて科学技術を評価することに価値はあるが、その技術の功罪を真に見極め将来像を描けるのは、やっぱり市民の前に科学者だと私は思う。

 2000年のコンセンサス会議のファシリテーターを務めた小林傳司・大阪大学教授によれば、コンセンサス会議で市民は専門家に、調査研究を「発注」したのだそうだ。私は、この発注という言葉に大きな違和感を覚える。私は、研究者を志しながら挫折した素人なので、素人と研究者の思考力の違いを身にしみて分かる。農環研でGMOの環境影響研究に携わっている人たちが、どれほど真摯で深く考えているかも知っている。「市民の発注に応える」などと卑下せずに、市民の目を開かせる研究と洞察力を、見せて欲しいのだ。(サイエンスライター 松永和紀)

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