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松永和紀のアグリ話

コシヒカリBLは、情報隠しではない(1)

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2007年12月12日

 新潟県の泉田裕彦知事の言葉が気になって仕方がない。新潟県は、コシヒカリを改良してコシヒカリBLを育成し普及に移し、2005年から同県で商用栽培が始まった。泉田知事は、JAなどがコシヒカリBLが従来通り「コシヒカリ」という名称で売っていることについて、先月30日の県議会特別委員会で「情報隠し」と述べたという。私にはこの言葉、食品偽装騒ぎに乗じた政治家のスタンドプレーとしか受け取れない。そもそもコシヒカリとコシヒカリBLの何が違うのか、科学的に考えてみたい。

 この泉田知事の発言については、齋藤訓之さんが本欄「食の損得感情」でも書いているので、お読みいただきたい。正直に言って私は、齋藤さんがお書きになるものにほぼ毎回、違和感を覚える。今回の記事など、怒りにわなわな震えたほどだ(齋藤さん、ごめんなさい!)。だが、私には持ち得ない視点を突きつけられるので、毎回愛読し「それは違う」などと考えている。そういう筆者が並んで書いているところが、このFood Scienceの面白さ、である。

 前置きはさておき、多くの人は「コシヒカリBL」についてあまり知らないまま、「コシヒカリとは別品種」という言い方をしている。そこをまず、整理したい。泉田知事は「情報隠し」と言ったが、新潟県のウェブサイトでコシヒカリBLはかなり詳しく説明されているし、各種の学会、研究会などで県職員が発表している。

 コシヒカリは、福井県農業試験場が育成し命名登録品種となったのが1956年という古いコメである。食味がよく今でもコメの作付けの約4割を占めるが、栽培上はいろいろと欠点があり、中でもいもち病に弱いのが問題となっている。そのため、新潟県農業総合研究所は約15年前からいもち病に強い性質を付加する品種改良を始めた。

 まず、ほかの品種と掛け合わせて抵抗性遺伝子を導入し、その後にコシヒカリを何度も掛け合わせる「戻し交雑育種」を行って性質をコシヒカリに戻してゆく。最初の他品種との掛け合わせでできた籾には、他品種の塩基配列が50%ある。それを栽培しコシヒカリを掛け合わせると、他品種の塩基配列の割合は25%になる。さらに掛け合わせると12.5%。新潟県は戻し交雑を5回行っているようなので、他品種の塩基配列が残っている割合は1.5625%である。こうしてできた品種がコシヒカリBL。BLはBlast resistance Linesの略。Blastはいもち病の英語名で、つまりは「いもち病抵抗性系統コシヒカリ」である。

 いもち病抵抗性遺伝子もいろいろと種類があるので、新潟県はさまざまな品種を掛け合わせてBL1号からBL8号まで作った。BL9号から12号までは、BL同士の交配で作出している。例えば、コシヒカリ新潟BL1号はササニシキとの交配から産まれたもの。つまり、BL1号の塩基配列には約1.5%だけササニシキが残っており「ほとんどコシヒカリ、ほんの少しだけササニシキ」というイネ。その結果、ササニシキが持っていたPiaといういもち病抵抗性遺伝子が導入されている。この条件だけでは無数に候補があるが、その中から新潟県はコシヒカリに性質がよく似ているものを選び出し、固定してBL1号とした。

 ここで注意しなければならないは、ササニシキの由来だ。実は、ササニシキはコシヒカリととても近い関係にある。コシヒカリは、農林22号というイネと農林1号というイネを掛け合わせたもの。一方、ササニシキは同じ農林22号と1号を掛け合わせて出来た「ハツニシキ」というイネと「ササシグレ」という米を交配してできたイネだ。

 つまり、コシヒカリの両親は、ササニシキの祖父母なのだ。したがって、遺伝的にはコシヒカリとササニシキは共通する部分も結構多い。そのササニシキの塩基配列が1.5%残っているBL1号の性質が、コシヒカリとどれくらい異なるのか? 「BLとコシヒカリは別品種だから違うものだ」と簡単に言われてしまうが、違いはかなり微妙なものであることを理解していただけるのではないか。

 作出されたコシヒカリ新潟BL1号から8号までの品種の親もすべて公表されている。例えば2号は、トドロキワセを交配し、1号と同じようにコシヒカリを5回掛け合わせてできた「ほとんどコシヒカリ、ほんのちょっとだけトドロキワセ」である。トドロキワセの祖父母も、農林22号と農林1号、つまりコシヒカリの両親だ。

 3号から8号までの親をみると、コシヒカリに近い品種も多いようだ。5号はコシヒカリと越みのりを交配しているが、越みのりは、千秋楽という品種とコシヒカリを交配してできている。品種改良というのは、とても奥が深いものだ。独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 作物研究所のイネ品種・特性データベースで検索すると、各品種の家系図ならぬ系譜図まで見ることができ、興味深い。

 そして、新潟県がさまざまなBL品種を用いて2005年から始めたのが、マルチラインである。複数の品種を組み合わせ混植する。なぜ、こんなややこしいことを? 少々長くなったので、この後は次回、ご説明しよう。(サイエンスライター 松永和紀)

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