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松永和紀のアグリ話

コシヒカリBLは、情報隠しではない(2)

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2007年12月19日

 コシヒカリがいもち病に弱いため、新潟県が他品種との交配によっていもち病抵抗性遺伝子を導入し、コシヒカリ新潟BL1号から12号まで新品種を開発したことを前回説明した。新潟県が今、推し進めているのは、これらの新品種を混植するマルチラインである。 

 いもち病をもたらすいもち病菌はすぐに変異するので、田んぼに1種類の抵抗性品種を植えてもあっという間に冒されてしまう。そのため、数種類の抵抗性品種や抵抗性を持っていない品種を混ぜて植えることで、いもち病菌の変異が一気に拡大しないようにする。うまくやれば、いもち病対策のための農薬の使用を減らすことができるとされる。

 いもち病の抵抗性が異なるだけで、ほかの性質はほぼ同質なので、混植といっても見た目で区別することはできない。そして、どのBL品種を選んでどの割合で混植するかは、毎年検討され変えられる。同じ構成、同じ割合で作付けし続けると、いもち病菌の方が適応して変異してしまうからだ。

 新潟県やJA全農新潟県本部は、2007年9月にあった日本植物防疫協会のシンポジウム「病害虫と雑草による影響を考える」で、04年から06年にかけてのいもち病防除面積の変化を公表している。それによれば、06年は04年の3分の1以下で、農薬削減効果がくっきりと現れている。ただし、いもち病の発生状況は天候などに大きく左右されるので、3年間の結果で「大きな効果あり」と判断するのは時期尚早だろう。だが、期待できるのは間違いない。

 同県で06年に栽培されたコシヒカリの98%は、コシヒカリBLであったという。とれたコメを品種別に正確に表すとなると、「コシヒカリ新潟BL1号○%、コシヒカリ新潟BL2号△%、コシヒカリ新潟BL3号□%……」という表記になるはずだ。

 県は、こうしたBL品種の混植栽培を「新潟県産コシヒカリ」として売って良いかどうか、農水省に申請し相談した。同省は「国内産農産物銘柄設定等申請要領」などに基づいて「売っても良かろう」という判断を下した。泉田裕彦知事が「情報隠し」と言うので、同県のJAなどが勝手に判断して「新潟県産コシヒカリ」として売っていたように誤解されかねないが、これは農水省が認めていることだ。

 さらに付け加えれば、複数の品種を一つの「産地品種銘柄」として表示して良い、という判断は、なにも新潟県産コシヒカリだけに下されているわけではなく、ほかのコメでもダイズでも例がある。例えば、北海道産高級大粒ダイズとして「とよまさり」というものが売られているが、これは産地品種銘柄の名称であり、品種はカリユタカ、トヨコマチ、トヨスズ、トヨハルカ、トヨホマレ、トヨムスメ、ユキホマレという7種が含まれている。とよまさりはブランド化しているが、これを「情報隠し」と批判する人はいない。

 結局、新潟県はなにも問題になるようなことをしていない。改めてまとめると、コシヒカリBLは遺伝的には、コシヒカリと一部異なるが、さほど大きな違いとは言えない。食味についても差がほとんどないことを確認した。農水省にも相談して手続きをきちんと踏んだ。情報は、学会などで公表し品種登録によって開示している。一般向けにもパンフレットなどを配った。ウェブサイトでも、情報を提供している。そのうえで新潟県産コシヒカリとして販売していた。

 情報提供には限度がある。知ろうとしなかった消費者に、コシヒカリがコシヒカリBLに変わっていることが伝わっていないことが、「情報隠し」と言われるようなことなのか。

 コシヒカリBLを批判した泉田裕彦知事は、04年秋に就任した。コシヒカリBLはすでに作出されマルチラインで栽培することも既に決まっていた。だが、知事は販売する時の表示についてはこの3年間、いくらでも異議を唱える機会があったはずだ。05年秋に初めてコシヒカリBLが収穫され取引された時に「この表示はおかしい。情報隠しだ。正しく表示すべきだ」と言い出すなら納得できる。だが、3年もたって、いきなり他人事のように部下たちのはしご外しとは…。消費者に迎合するスタンドプレーはたいがいにしてもらいたいと思うのは、私だけだろうか。

 (と思ったが、朝日新聞新潟版07年12月11日付によれば、知事は「BLは新潟でしか作っていないから、偽物なら分かる。消費者の信頼を勝ち得ていくために、胸を張ってBLを推進していく環境を作っていくことが重要だ」と述べたという。新潟県にとってのBL導入の利点は、コシヒカリ新潟BLと従来のコシヒカリを、DNA分析により科学的に判別できることだ。高値がつく新潟県産コシヒカリは、これまでさんざん、他県産の混ぜものに悩んできた。だが、BL導入により、他県産を区別できるようになり、偽物封じが科学的にできるようになった。知事が、BLを批判したいのか推進したいのか、私には判断つかない)

 BLのマルチラインは農業技術上、重要な手法だ。農薬使用量を削減できれば、農薬による環境影響を減らせ、農家は防除に必要な労働力を削減できる。「消費者にベネフィットがない」なんてとんでもない。こうした農業技術の進歩があるからこそ、高齢化が進む農家がなんとかコメを作っていける。食べるコメが農家の汗に支えられていることを想像できないのは、消費者のおごりでしかない。

 私は、新潟県農業試験場が15年かけて開発し実用化にこぎつけたことを立派だと思う。その技術力は、その効果は、きちんと評価されなければならない。

 他県でも、ひとめぼれやあきたこまち、ヒノヒカリなどの品種で、BLのマルチラインに関する研究が進められているそうだ。情報隠しなどという情緒的な言葉にひきずられ、農業技術に対する判断に曇りが生じてはならない、と思う。

 一方で、実を言えば私は、コシヒカリ新潟BLのマルチラインを、何か別の銘柄で売り出して欲しかったなあ、などとも考えるのだ。情報隠しではないことは十分分かっている。県には何の非もない。ただ、一歩踏み込んで別の名称にしてほしかった、と思う。なぜか?

 最近のイネゲノム解析の進歩のすごさ、そして「ヒカリ新世紀」という新しいコメのことを今、私は考えている。また、ややこしくなってきた。さらにもう一回、コメの品種の話を続けたい。(サイエンスライター 松永和紀)

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