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松永和紀のアグリ話

「食の偽装防止」を隠れ蓑に、国家の介入を許すのか?

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2008年1月16日

 この年末年始、ずっと考えていた。どうして、私たち消費者は、これほど国から守られなければならなくなったのか? いや、暮らしや考え方に対する国家の介入を、当たり前のこととして受け入れるようになったのか? こんなことを思い始めた大きなきっかけは、JAS法“改正”である。

 JAS法の適用対象が2008年4月から、メーカー・卸・小売店などの業者間取引にも拡大される。昨年、ミートホープ社が「牛100%」と称して出荷したミンチに、豚や鶏などほかの肉が混ぜられ、300社以上の取引業者がそのことを知らずに「牛肉」と表示して売っていたことが発覚した。しかし、業者間取引であり、ミートホープ社が消費者に直接売っていた商品はなかったために、JAS法違反には問えなかった。そのため、業者間取引に対しても規制をかけることにしたのだ。

 だが、業者間取引は本来、対等な企業同士が厳しい交渉の末行うもので、販売業者と消費者の関係とは違う。片方の企業がウソをついて不利益を被るのはもう片方の企業であり、そんな不利益を防止すべく企業自身が努力し、ウソをつかれないための方策を講じればいい。

 たしかに、JAS法により縛りを設ければ、ウソをつく企業は減るかもをしれないが、民間の取引にそこまで国家をかかわらせ、監視への道筋を作ってしまうのは、健全な社会だろうか。

 安全性に関わる法律、危険な食品の流通を防止するような法律であれば、話は別だ。だが、JAS法は、食品の品質の改善や生産の合理化などを目指すものである。一定の安全性が保証された食品について、消費者が選択できる表示のルールを設けているものだ。

 JAS法が制定されたのは1950年。品質の悪い食品が多くごまかして売られ消費者がだまされつづけだった当時ならいざしらず、これだけレベルアップした現代、品質のことなど民間で主体的に検討しても良さそうだ。

 法律がたびたび改正され企業も自制し努力したから、これだけ品質の良い食品を私たちは食べられるようになった。法律改正の効果は否定しない。だがこれ以上、なにを国に決めてもらおうというのか。

 いや、そこまで国の介入を許すべきではない、と、私は考え始めている。ミートホープのような企業が出た時には、すぐに市場から退場してもらえばいい。ミートホープはよい教訓になったのだ。そうやって公正さを自ら保てる社会を、私たちは目指すべきではないか。

 食品表示が混乱しているのは、もちろん不正をはたらく企業もあるけれど、表示制度がいくつもの法律にまたがり非常に複雑になっているせいでもある。マスメディアや私のような立場の者は「法律を遵守しろ」と簡単に言うけれど、表示に関する法律がどんなものか、きちんと説明できる報道関係者はほとんどいないだろう。そんな状態では、企業だって法律遵守は難しい。

 今考えるべきは、一つ一つの法律を強化することではなく、表面的に「法令遵守を」と叫ぶことでもなく、だれもが理解できる制度に一本化する努力である。

 生協や一部の消費者団体などは細々と声を上げているけれど、一本化の議論はなかなか活性化しない。その代わりに、「消費者保護」などという首相の弁がもてはやされ、「食品表示特別Gメンが設置される」などと報じられる。喜んでいる場合ではない。農水省に仕事を作ってやってしまった、権益をまた強化させてしまうのではないか、という警戒論もあってしかるべきだ。

 国が消費者を保護すると言えば聞こえはいい。だが、「あなたが、私を守ってくれるなら、あなたの少々の横暴は我慢するわ」となるのが世の習い。消費者は、「保護してもらう代わりに、国の少々の横暴も仕方がない」という心境になりはしないか。

 「無添加」に関する議論も気になる。一部の添加物を使っていないだけなのに、無添加と表示できるなんておかしい、禁止すべきだ、という意見を最近、いろいろなところで聞くようになってきた。

 そんなレベルの話まで、国に決めてもらわなければならないのか。消費者が「科学的な根拠がない。優良誤認につながる」と声を上げ、現在無添加表示をしている企業や、宣伝している流通企業に対して「ウソはつくな」と怒りの声を上げ、止めさせることが大事ではないか。

 たしかに、無添加表示はまん延している。一部の消費者がおかしいと言っても、なかなか変わらない。でも、時間がかかっても、消費者と企業が、自分たちの努力で是正できる社会でありたい。そんな細かいことまでお上に規定されるなんて、まっぴらだ。

 私の書いていることは、極論、暴論であろう。理想論でもあろう。「現実に何も変わらないから、不正企業が跋扈しているから、消費者にも判断力はないのだから、国が厳しく規制する必要がある」と言う人も多いに違いない。

 実際に、消費者は昨年もさんざんマスメディアに踊らされ、「あるある」に怒り「中国産は危ない」という思いこみにとらわれ、白い恋人が店頭から消えたの復活したのと話題にした。本質を見失ったまま大騒ぎする姿を露呈してしまった。

 最近の首相や経済界リーダーの「消費者保護」を強調する姿勢の陰には、「ばかな消費者は、国が、経済界が、なんとかしてやらねばならぬ」という思い上がりが隠れていると私は思う。これは、恐ろしい。「保護」を求めるのではなく、国や企業と渡り合いながら自らの力で公正な社会を作り上げる努力を、私は続けたいのだ。たとえ微力であったとしても。(サイエンスライター 松永和紀)

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