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松永和紀のアグリ話

セレブのトンデモ科学を批判する科学者たち

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2008年1月30日

 米国の科学者団体「AMERICAN COUNCIL ON SCIENCE AND HEALTH」(ACSH)がまた、面白いことをやってくれた。「Celebrities Vs. Science」というパンフレットを発行したのだ。Arnold Schwarzeneggerをはじめとする10人のセレブの発言が、科学的にはいかに「トンデモさん」であるかを、8ページでまとめている。米国でも、セレブの「○○は危ない」などという発言が大きな影響力を持っており、こういう取り組みは情報の是正に役立つのだろう。ACSHの会長は「映画スターやミュージシャンは、エンターテインメントにおいて価値があるのであって、科学者ではない」と強調している。ごもっとも。ただし、パンフレットを読むと、科学者の弱点も見えてくる。これでは、セレブに負けてしまうぞ!

 日本で作るなら、世界的なミュージシャンの○○○○さんの遺伝子組み換え批判や、有名教授△△△△さんの食品添加物批判などがパッと思い浮かぶ。オーガニック食品やマクロビオティック礼賛など、例があり過ぎて絞るのに困るくらいだ。環境ホルモンが騒がれた時代には、多くのセレブが化学物質の脅威について声高に発言していたような気もする。でも、今ではさっぱり聞かれない。きっと、忘れてしまったのでしょうね。まあ、日本では、あまり面白いパンフレットは作れないような気がする。

 一方、ACSHの発行したものは楽しめる。なんといっても、セレブの面々が豪華。それに、取り上げるトピックスも、多岐にわたる。Schwarzenegger(プラスチックの可塑剤であるフタル酸類)、ポール・マッカートニー(動物試験)、トム・クルーズの(精神医学における薬物治療)などなのだから、読みたくもなる。セレブと科学者の顔写真が同等に配されていて、パンフレットのデザインも凝っている。

 ただし、中身はよく読むと、セレブのとても感覚的でインパクトのある短い言葉に科学者が対抗しようとしているものだから、少々無理が来ているようだ。例えば、プラスチックの電子レンジ加熱。歌手のシェリル・クロウが「いろいろな化学物質が出てきて、食べるとがんになるわよ」と発言。これに対して、科学者は「十分に調べられていて、がんになることはない。この結論は、世界中の科学者や規制機関から支持されている」と述べている。結局、「専門家を信じなさい」ということだ。

 プラスチック容器からの溶出物質についてかなりの数の研究結果があり、発がん性が認められていないのは事実である。おそらく、説明するスペースが十分にあれば、科学者はさまざまな論拠を挙げ、多くの人が納得できる内容を展開できるだろう。だが、セレブの短い発言に対抗しようとしたときに出てきたのは、「科学者を信じろ!」である。これでは、電子レンジ加熱に不安を覚え科学に漠然とした不信を抱いている人に、説得力はないだろう。

 遺伝子組み換え食品は、もっとおかしなことになっている。有名シェフが「このテストされていない食品は、食べ物の交ぜもののない純粋さとテイストを損なってしまう」と発言しているのに対し、科学者はまず、「いやいや、消費者は10年以上、組み換え食品を食べているけれど、病気なんて全く発生していませんよ」と返してしまっている。

 これでは、「もう人体実験は済んだよ」と答えているようなものだ。確かにそれは、現在ある遺伝子組み換え食品の安全性を最も確実に証明する事実ではあるが、今後も続々と現れる組み換え食品と組み換え技術に対する信頼を構築できる発言ではない。私なら、開口一番にこんなことを科学者に言われたら怒る。科学者は、効果的に相手をノックダウンしようとするあまり、扇情的なレトリックをろうしてしまっている。

 もっとも、中には説得力のある説明をできている科学者もいる。特に、米国では最近、「ワクチンに保存料として添加される水銀が自閉症の原因だ」とする説が広まり、大きな社会問題となっているが、この問題については大きなスペースを割き、比較的丁寧に説明し否定している。一般人をセレブで引きつけ、適正な情報を提供するという狙いは、このトピックにおいては十分に効果を発揮しているのだ。

 Schwarzeneggerの顔写真で興味を引くこのパンフレットは、科学者の意欲も弱点も見えるのが実情だ。だが、科学者がこうした取り組みに果敢にチャレンジしているところに、私は健全さを感じる。

 日本の多くの科学者にこれができるだろうか? 「芸能人の発言なんて、まともに批判するに値しない。相手にしたら、科学者の名折れだ」などと思っている人が、まだ多くないか? そんなことだと、「女子アナ無添加教団」がますます勢力を伸ばし、「みのもんた症候群」もいずれ、復活しますよ。(サイエンスライター 松永和紀)

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