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松永和紀のアグリ話

横浜市や厚労省のホレート広報には、大きな問題がある

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2008年2月27日

 2008年2月20日、ある生協の理事長から電話が入った。「横浜市の広報文をどう思うか?」と尋ねられた。中国産冷凍食品から有機リン系農薬「ホレート」を検出したことを広報したものだ。「健康被害が生じる可能性があります」とでかでかとある。あわてて見てうなってしまった。横浜市はどうしたのか? 理事長の疑問もよく分かる。これでは、どこぞの週刊誌の不安を煽る記事と何も変わらないではないか?

 まず、広報文を見てほしい。厚労省も、ウェブサイトで横浜市の広報文を出している。内容は同じものである。

 気になるのは、「参考」というところだ。こう書かれている。

 ADI(1日許容摂取量:毎日一生食べ続けても健康に悪影響が出ない量)0.0007mg/kg/日
 今回検出された値(1.2ppm)で換算すると、体重50kgの人が毎日一生涯29g(約1個)食べ続けると、健康への影響が出る可能性があります。

 うん? 0.0007mg/kg体重×50kg体重=0.035mg=35μgで、一日に食べても健康に悪影響が出ない量は35μg。たしかに、1.2ppmのものを29g食べると、摂取量が34.8μg、2個食べると摂取量は60μgとなり、超えてしまう。

 だが、ADIはあくまでも、健康に悪影響が出ない量であって、「それを超えたら、悪影響が出る可能性のある量」というわけではないはずだ。ホレートのADIは、動物で分かった無毒性量に安全係数として100をかけて出された数字。安全寄りに判断して設定された、規制の基準となる数値である。したがって超えた量を食べても、健康影響が出るとはなかなか考えにくい。

 横浜市は「悪影響が出る、とは書いていない。あくまでも可能性について言及しただけだ」というかもしれないが、一般市民は「可能性」という言葉を厳密にとらえて理解するわけではなく、往々にして読み飛ばす。この手口、週刊誌などが不安を煽って売る時の常套手段である。

 ARfDについても、こう説明されている。

 ARfD(急性参照量:一日ここまで経口摂取しても健康に悪影響が出ない量)0.003mg/kg体重
 今回検出された値(1.2ppm)で換算すると、体重50kgの人が125g(約5個)食べると、健康への影響が出る可能性があります。

 これも同じだ。ARfDの数値から、体重50kgの人が一回に食べても影響が出ない量は0.15mgと出てくる。5個食べれば0.15mg摂取することになり等しく、6個食べると超えてしまう。

 しかし、ARfDも動物での無毒性量に安全係数をかけ算して出した数字。あくまでも、安全寄りにたって出された規制のための基準である。「ARfD以下であれば、健康に悪影響が出ない」とは言えても、「超えれば健康に影響が出る」というわけではない。なのに、この広報文では、被害を生じるような印象を与えてしまう。

 おかしいのではないか、と考えていたら、本欄「うねやま研究室」でおなじみの畝山智香子さんが、食品安全情報blogの08年2月21日付けで、新聞記事を例にして、同じことを指摘していた。

 うねやま研究室08年2月13日付でも、ADIとARfDについて、「農薬の安全管理のために設定されているこれらの値は、以前にも説明し通り、安全係数を用いて実質的にはリスクはないレベルに設定されています。従ってこれらの値を超えたからといって中毒症状がでることはほぼ考えられません」と説明している。

 私は、「斎藤くんの残留農薬分析」の斎藤勲さんを始めとして農薬に詳しい何人かの研究者に尋ねてみたが、どの人も畝山さんの判断が妥当だという。

 ADIやARfDの数値を持ち出して「これを超えれば健康を損なう」という記述がこのところ、メディアで散見されるようになってきた。また、誤った情報で不安が煽られている。だからこそ、行政は適正な情報提供を心がける必要があるのではないか。

 横浜市は「とにかく回収を急がなければならない」という思いから、広報文でこうした分かりやすい表現をしたのであろう。その気持ちは分かる。だが、緊急事態だからこそ、「健康影響が出る可能性がある」というような週刊誌的フレーズで関心を集めるのではなく、ARfDの意味と行政としての判断を、冷静に伝えて欲しかった。

 行政が科学的に妥当な情報提供をするのは、リスクコミュニケーションの根幹である。横浜市は今回、それができなかったと私は考える。そして、厚労省もチェックできず、そのまま広報文を厚労省の責任において同省のウェブサイトに載せてしまった。

 これはショッキングなことだ。そして、多くの関係者に混乱を招いた。実際に、私に電話をかけてきた理事長は、「なにを信じてどう判断したらよいのか」と非常に困っていた。これまでの厚労省のリスクコミュニケーションを水の泡にするほどの出来事ではないか、とすら私は思う。厚労省は、疑問に思わないのだろうか?(サイエンスライター 松永和紀)

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