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松永和紀のアグリ話

この地球で生きてゆくために〜植物科学の最先端を知ってほしい

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2008年3月26日

 あれほど期待されたスギ花粉症緩和米が、急速に存在感を失いつつある。研究の意義が下がったのではなく、医薬品として開発することになり、実用化には早くとも10年ほどはかかる見込みとなった結果、農水省のPRがぱたりと止まった。業界人の中には「遺伝子組み換えの宣伝にあれほど利用しておきながら、手のひら返しだ」と同省を批判する人もいる。でも、同省の責任ばかり論じても仕方がない。目先の成果しか見ない社会を、私たちがつくってしまったのだ。こうした問題を問いたいと考え、2008年3月20日に新しい本を出した。「植物まるかじり叢書5 植物で未来をつくる」(化学同人)である。

 最先端の植物科学研究に取り組む7人の日本人研究者に話を聞いて書いたもので、日本植物生理学会の監修シリーズの1冊だ。単なるインタビューものにすることもできたが、私はそうはしたくなかった。研究者の人間ドラマとして読んでもらえるように考え工夫した。

 地味だけれど、理系でない人たちにも手に取ってもらいたいのだ。植物科学ほど、私たちの暮らしに密接にかかわる学問もないだろう。特に、遺伝子組み換えは、食料生産における重要な技術になっている。ところが、その科学的な意味があまりにも理解されないまま、賛否のイデオロギーだけが語られてしまっている。

 そうではなく、原点に戻って植物科学がどんなに刺激的で面白いものか、伝えたかった。それを踏まえて、遺伝子組み換えの意義と将来の可能性も知ってもらいたい。社会が冷静な議論へ一歩踏み出すには、植物科学に対する基礎的な理解は欠かせない。

 現状では、わざと理解しない(あるいは理解していないふりをする)一部の反対派の動きに惑わされ、政策も世論も落ち着いた検討ができなくなっている。科学者は感情的な批判にさらされ、その一方ですぐに役立つ成果を求められている。

 今回インタビューした研究者の中には、「遺伝子組み換え技術は、核兵器と同じで人類の最大の敵であり、この世から抹殺しなければいけない。試験農場・研究施設を破壊しよう!」という呼びかけ文が書かれた脅迫はがきを受け取った経験を持つ人もいた。これでは、日本の植物科学研究はゆがんでしまう。

 本では、冒頭に挙げたスギ花粉症緩和米の科学的な意義について、農業生物資源研究所の高岩文雄・遺伝子操作研究チーム長に話を聞き、1章を割いて詳しく解説した。その中で、目先の成果と問題点にしか興味がない社会に翻弄(ほんろう)されている状況にも少し触れた。

 この研究は、スギ花粉症を治すところに意義があるのではなく、「食べるワクチン」研究だから重要なのだ。開発途上国でワクチン投与を受けられない人々にとっては、食べるワクチン研究の成否は、生死をも左右する。なぜ、そのような価値を持つのかについては、できれば本を手に取ってご覧いただきたい。

 食べるワクチン実用化への道はまだまだ険しい。クリアしなければ問題が今後も数々出てくることだろう。私は、楽観視はできないと思っている。研究に時間もかかる。「食べるワクチンなんて、日本では役立たない」という批判もある。しかし、これだけの可能性を持つ基礎研究が日本の独立行政法人で行われていることを誇り、支援できる社会でありたいとも思う。

 そのほか、遺伝子組み換え技術を用いて開発された成長の早いポプラ、鉄欠乏耐性イネなども紹介している。科学者は面白いから、楽だから、遺伝子組み換え技術を使っているわけではない。遺伝子組み換え技術でないとできないことを、かなえようとしている。

 逆に、遺伝子組み換え技術を使わずとも実現できる成果もある。その1つとして、「スーパーコシヒカリ」についても解説した。

 実は昨年、科学情報と報道の問題点を問う本を出した後、かなり多くの出版社から同様の企画提案をいただいた。全部断って、地味ないわゆる“理系本”作りに突進した。当然、発行部数は少ない。「バカじゃないか」と知人に言われもした。

 でも、私自身は納得している。取材執筆が苦しく、でも面白かったからだ。科学者は、将来の人類と地球を見据え人生を賭けている。深い考察や大きな努力、思いがけない人間ドラマもある。「これなら、一般の人々の心にも届く。あとは、書き方次第だ」と思えた。

 うまく書けたかどうかは、皆さんのご批判を仰ぎたい。科学者の魅力、科学の可能性を一般の人たちに伝えていくことが、最終的には科学情報と報道の課題解決にもつながっていく、と今、改めて感じている。

 現在実用化されている遺伝子組み換え技術を理解するためにも、ぜひご一読いただきたい。(サイエンスライター 松永和紀)

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