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松永和紀のアグリ話

ペットボトルのリユースは、「食の安全」問題だ

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2008年4月17日

 環境省が設置したペットボトルの循環型利用に関する研究会に参加している。使用済みのペットボトルを、回収洗浄してリユースすることを検討する。3月に発足し会合がこれまでに2回開かれた。本欄の読者の多くは単なる環境問題ととらえて、研究会発足の新聞記事を斜め読みして忘れてしまったかも知れない。だが、この研究会は面白い。私は、日本人の「食の安全」に対する意識を大きく揺さぶるものになるかもしれない、と感じている。

 研究会の正式名称は「ペットボトルを始めとした容器包装のリユース・デポジット等の循環的な利用に関する研究会」。座長は、安井至・国際連合大学名誉副学長だ。

 ペットボトルは現在、6割強が回収され、PET樹脂として再生利用されたり、中国に輸出されたりしている(統計データ等は、ペットボトルリサイクル推進協議会が公開している)。さらなる環境負荷低減を図るため、環境省がリユースの検討も開始したのだ。

 ドイツでは1986年にリターナブルペットボトルが導入されリユースが始まっている。だが、リターナルペットは最近は減少傾向にあるという。ほかに20カ国あまりが導入したが、現在はドイツのほか5カ国で続いている(同協議会調べ)。

 国内の飲料メーカーは今、ペットボトルの軽量化に必死だ。使う石油資源を減らしつつ、強度を保つため形を工夫するなどしている。だが、リユースとなれば、もっと丈夫で洗浄しやすいシンプルな形状のボトルにしなければならない。そうなると、製造にはより多くの石油資源が必要になるだろう。回収や洗浄にはエネルギーを要するし、水も使う。リユースは、軽いペットボトルをリサイクルするのに比べて本当に環境負荷が減るのか、経済的なコストはいかほどになるのか等々、さまざまな視点から検討しなければならない。環境省が現状での論点案をまとめて、第1回会合の資料としているので、読んでほしい。

 そこで、食の安全問題である。環境省の論点整理でも、「食品衛生の観点からの安全性と、臭いや外観等の観点からの商品としての品質」として挙げられている。そして、第2回の会合で資料として提供された論文が、つくづく考えさせられるものだった。オランダ食品衛生研究所がまとめた研究成果である。

 農薬など62品目の化学物質を、それぞれペットボトル(容量1.5リットル)に一定量を注ぎ入れ特定の条件でしばらく置いた後に抜き、ボトルを洗浄乾燥する。その後に、模擬飲料(ショ糖などが入っている)を充填し、一定条件で保存し、最初に入れた物質が模擬飲料中にどれだけ溶出しているかを定量する。

 消費者がペットボトルの中身を飲んだ後に、容器として再利用する場合がある。例えば、農薬の小分け瓶に使う、ガソリンを入れてしまう等々、予想もつかない使い方をする人がいる。そうした物質が、ペットボトルの壁面に付着し、洗浄しても取り切れず、飲料容器として再使用された時に飲料に溶出する場合があるのではないか? そんな事例を想定しての実験である。

 結果を見ると、ほとんど溶出しない物質がある一方で、再充填された飲料に溶け出してしまい、1.5リットルをすべて一日で飲むとADIを超えてしまう物質も、かなりある。

 論文は94年のもの。溶出量とARfDとの比較は行われていない。ただし、ラットのLD50やヒトにおける中毒事故の症状などから類推した「人体臨床基準」という指標と比較し、論文は「ハザードにはならない」と結論づけている。だが、溶出量を、現在設定されているARfDと比べると最悪の場合、7.8倍にも上る物質もある。

 会合では、論文がいきなり資料として配られたこともあって、さしたる議論にはならなかった。

 94年当時に比べると現在は、化学物質のヒトへの影響がより厳密に評価されるようになっている。当時は「ハザードにはならない」で済んだだろうが、もし今、再検討するなら、ARfDの7.8倍も溶出するようなケースは厳しい検討対象になるだろう、と私は思う。

 ARfDの7.8倍程度であれば、ハザードにはなりにくい。飲料を1.5リットルも一度に飲む人もほとんどいないだろう。「特殊な化学物質を入れた後に返してリユースに回すなんて、テロリストでもない限りしない。食品テロなんて心配していたら、循環型社会なんて構築できない」という意見もあるだろう。

 私もその通りだと思う。だが、もしリユースされたボトルから農薬などが溶出するような事態が表面化したら、日本社会はパニックに陥るだろう。そのことも考えておかなければならない。

 中国製冷凍ギョーザの状況を思い出せばいい。ギョーザ汚染の原因を私は犯罪だと思うが、ある意味被害者だった生協や企業はすさまじい非難を受けた。事前に予見のきっかけがあったのに見落としたのは事実だが、あそこまでのバッシングを受ける謂われはない。

 少々扇情的だが、私がテロリストになったと仮定しよう。「思考実験」としてお許しいただきたい。

 私は、この論文を入手して、リユースが始まった暁には社会を攪乱することを狙う。繰り返し書くが、ハザードにはならないだろう。だが、ARfDを超える化学物質が検出される事例がたびたび起きれば、社会を揺さぶるには十分だ。

 いや、ARfDに至るほどの溶出も必要ない。ADIを少し超える程度の事例であっても、日本社会はおそらく騒動に見舞われる。

 飲料メーカーにとって、これは大変なリスクだ。この時代、国民性善説はとれない。「もし、テロを仕掛けられてADIを超えたら、ARfDを超えたら…」。社員は、夜も寝られないに違いない。

 「ドイツでは、実施できているのだから、日本でもできる」という声も聞く。実際に、ドイツではこれまで、リユースで「食の安全」を揺るがすような問題は起きていないという。だが、食品中に残留する農薬などの化学物質に対する感覚は、ドイツと日本でかなり異なるはずだ。

 本欄読者ならよくご承知の通り、ドイツは農薬が残留基準を超える食品が見つかっても、健康リスクがないと判断されれば、同じ製造ロットの食品の回収などしていない。ドイツ国民は気にせず食べているそうだ。

 だが、日本は食品衛生法により販売や流通が禁じられ、即座に回収や廃棄が始まる。残留基準はADIを大きく下回るから、残留基準を多少超えたところで健康リスクはないが、法律も消費者も受け入れない。日本とドイツ。この意識の差は大きい。

 では、ペットボトルに付着した物質を100%除去できる洗浄技術を開発するのか? いや、ペットボトルの性質から言って、100%の除去は無理だ。そこが、ガラスのリユースとは異なる。実際にドイツでは、リユースのペットボトルでクレームが一定数あるそうだ。味が違う、風味が違う、というような苦情らしい。

 私は、ペットボトルのリユースの方が環境負荷が小さくハザードが生じないことが確認できれば、リユースに踏み切ってよいと思う。その際には、付着物の溶出を促進しやすい成分の飲料は再充填しない、というような措置も当然、講じられるはず。問題はほとんど生じないだろう。

 それと同時に、消費者は成長する必要がある。以上のような科学的な事実を理解し、回収システムに協力する。自分が口にするものの安全性を適正に評価して、健康リスクのないものを捨てるような無駄をやめ環境を守る意識を強く持つ。消費者も成長しないと、リユースはよい仕組みにはならない。テロにも冷静に対処できない。

 次回の研究会では、国立医薬品食品衛生研究所から安全性に関する情報提供があるそうだ。本欄読者の多くは食の安全のプロである。ぜひ、研究会の行方を関心を持って見つめて欲しい。(サイエンスライター 松永和紀)

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