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松永和紀のアグリ話

野菜には未知の有用成分がごまんとある?

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2008年5月7日

かずさDNA研究所がトマトの成分を分析した論文が先月、学術誌「The Plant Journal」オンライン版に掲載され、プレスリリースも行われた。とても興味深い。野菜のミネラルやビタミン類などは従来から分析されているが、ごく微量含まれる代謝産物の種類や量は、ほとんど分かっていない。ところが、同研究所が新たな網羅的分析法を世界に先駆けて開発し、発表したのだ。論文によると、トマト果実からは869の成分が検出され、そのうちの494は新規物質だったという。今後の医薬品や機能性成分の開発などに大きな影響を与える研究成果と言えそうだ。

 論文タイトルは「Metabolite annotations based on the integration of mass spectral information」で、同研究所の飯島陽子研究員らの手によるものだ。学術誌では「TECHNICAL ADVANCE」として掲載されており、「液体クロマトグラフィーフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析装置(LC-FTICR-MS)」を用いて網羅的な分析法を開発したところに、大きな価値がある。このような代謝産物の解析をメタボロミクスと呼ぶ。

 だが、本欄読者は「どのような分析法なのか?」というところには関心がないと思うので、トマトを分析して分かったことに話を進めよう。告白すれば、私は同研究所で数カ月前、論文の筆者の一人、柴田大輔・産業基盤開発研究部長からこの装置と論文について説明を受けたのだが、はっきり言って装置や解析法については、いくら説明を聞いてもちんぷんかんぷん、であった。勉強しておきます!

 さて、トマトについて、である。試料としてトマトが選ばれたのには2つの理由がある。1つは、植物の基礎研究によく用いられるシロイヌナズナやイネに比べてトマトの果実は二次代謝産物を豊富に含んでいるためだ。二次代謝産物というのは、植物が生きてゆくために必要な光合成やアミノ酸合成、ショ糖合成などではなく、それ以外の代謝によって産生される物質のこと。花の色や植物の放つ香り、スパイスの持つ辛みなどは、二次代謝物質が生みだしている。麻薬、医薬品として利用されているものも多い。

 植物は動けないため、環境の変化に対応する能力を多彩に展開してさまざまな二次代謝産物を生産し、環境ストレスと闘ってきたと考えられている。植物界には、このような二次代謝産物が20万種類はあると言われているほどだ。病害虫や動物に食べられないように、長い進化の過程で毒を作る機能なども獲得して、自らを守ってきたのだ。

 2つめの理由は、トマトが今、全ゲノム解読の真っ最中であるためだ。トマトはナス科作物(ナスやピーマン、ジャガイモなど)の代表“選手”として遺伝情報を解読する国際プロジェクトが2004年にスタートしている。10カ国が分担しており、日本は第8番染色体を担当し、同研究所を中心に解読が行われている。終了すれば、野菜では初めての全ゲノム解読となるだろう。

 物質生産のおおもとの情報である塩基配列が突き止められ、実際にできている物質の両方が分かれば、代謝経路の研究は飛躍的に進むはずだ。

 こうして、トマトが選ばれ果実が分析に供された。分子量や構成する元素の種類、立体構造、紫外線吸収スペクトルの程度などさまざまなデータを組み合わせて網羅的なコンピューター解析を行った結果、どうも数千の物質が存在することが分かってきた。その中から、成分として突き止められたのが869であり、既にどのような化学構造の物質か同定されていたものは375物質しかなく、新規のものが494物質にも上った。869成分には、フラボノイド70種類、糖アルカロイド94種類も含まれており、その多くが新規成分だった。

 フラボノイドは抗酸化作用が期待される物質群で、ダイズのイソフラボンやソバのルチンなど多くの機能性成分がこれまでに見つかっている。また、糖アルカロイドも医薬品として利用されているものが多い。同研究所は、トマトだけでなくほかの野菜などの分析も行い代謝産物データベースの構築を進めている。

 本研究のプレスリリースには「このデータベースを活用することで、有用成分を高蓄積する野菜の育種や、食品・薬品の開発への応用につながることが期待されます」と書かれている。

 素晴らしい研究成果である。だが、私はあえて付け加えたい。この成果を、食品全般の安全性確保にもきちんと結びつけて欲しいのだ。例えばいわゆる「健康食品」。フラボノイドや糖アルカロイドは、人に対してプラスの生理作用を持つ場合も多いが、マイナスになるものもある。毒か薬か、紙一重である。ジャガイモに含まれるソラニンが、糖アルカロイドの一種であることなどを知れば、納得していただけるはずだ。

 ところが最近は、プラスの生理作用を追い求めるあまり、「天然だからよい」とか「食習慣があるからよい」などと言う論法で、あまりにも簡単に濃縮や抽出が行われ、錠剤やカプセルなどとして売られている。“有用成分”と共に毒性物質も濃縮、抽出し、大量摂取させている可能性すらあるというのに、まったく顧みない企業がある。

 どんな物質が原材料である植物に含まれているかを把握するメタボロミクスを活かせば、私たちが気付かぬまま食品として食べている天然の毒性物質の解明も進み、健康食品の安全性評価にも役立つのではないか。

 また、栽培法による代謝産物の変化も把握できるようになるかもしれない。有機農産物はどういうわけか安全と勘違いしている人が多いが、科学者は「二次代謝産物の動向が心配だ」と言う。病害虫から自らの身を守るために二次代謝産物を作り出しているとすると、野菜のおいしさや風味につながるだろうし、一方で毒性の上昇という結果になっている場合もあるはずだ。

 無農薬栽培農産物が、人にマイナスの影響をもたらす可能性を、3年前の本欄で紹介したことがある。栽培法が違う試料を、メタボロミクスにより解析したらどんな結果になるだろう?遺伝子組み換えの安全性評価にも活かせそうだ。遺伝子導入によって、ほかの遺伝子の発現に影響が生じ一見無関係の代謝経路や産物にも違いが出るのかどうか、ぜひ調べて欲しい。

 メタボロミクスには大きな可能性がある。柴田部長は「食の安全」にいかに役立てるかも視野に入れて研究を進めて行こうとしているようだ。要注目、である。(サイエンスライター 松永和紀)

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