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松永和紀のアグリ話

食の安全か食料確保か? EFSA運営理事会議長のBSE規制緩和策

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2008年6月4日

 FAO主催で食糧サミットが開かれ穀物高騰や飢餓への関心が高まる中、EFSA(European Food Safety Authority=欧州食品安全機関)の運営理事会議長が3日、英国紙「The Times」のインタビューに答えて、BSE対策に関して驚くべき発言をした。現在は動物性たんぱく質を家畜の飼料にすることは原則として禁じられ、「Feed Ban」と呼ばれているが、これを緩和し豚や鶏の飼料としては認めるべきではないか、という内容だ。穀物価格が高騰し途上国で大勢の人々が飢えている中で、豊かな国では鶏や豚に大豆ミールや穀物が与えられている。これは道徳的、倫理的に正しいのかと、運営理事会議長は問いかける。先進国の「食の安全」か、途上国での「食料確保」か? さまざまな政治的な思惑もあっての発言だとは思うが、突きつける課題はあまりにも重い。

 BSEは、なんらかの原因でBSEにかかった牛を食肉処理した時の残渣が、牛に飼料として与えられたことで感染が拡大した、と考えられている。BSEはプリオンによる病気であり、感染牛が持つプリオンが飼料として与えられて感染するのだ。

 そのため、飼料規制はBSE拡大防止の切り札である。EUは、94年7月から、哺乳動物由来のたんぱく質の反芻動物への給与を禁止。2001年1月からは、すべての家畜への給与を禁じた。

 これに対して、The Timesの記事で、EFSA運営理事会議長のPatrick Wall氏は明言している。「すべての家畜への給与禁止を継続することに、科学的な理由はない」と。欧州委員会は、飼料の価格高騰に農家が苦しんでいる現状を踏まえ、豚に対する動物性たんぱく質給与を検討しており、Wall氏にアドバイスを求めたという。記事で、長官は述べている。「私が知る限り、科学的に不安を持っている者はいない。消費者のリアクションに対する懸念だけがある」。

 BSE感染牛の検出は近年、世界的に激減している。また、食肉処理する場合に特定危険部位を廃棄する措置が講じられている。こうしたことにより、感染牛のプリオンが飼料に入り込む可能性は極めて低い。さらに、実験では、飼料を介して豚や鶏にプリオン病が感染した例はない。

 鶏や豚は雑食性であり、たんぱく質の給餌も必要だ。現在は、大豆ミールやトウモロコシ、魚粉などが与えられているが、どれも良質の食料にできる。この穀物高騰の時代に、食料を飼料に使うべきではなく、動物性タンパク質を有効活用したい、という判断は、私には「もっともだ」と思える。

 飼料規制は現状、国によって異なっている。米国・カナダは反芻動物由来のたんぱく質を反芻動物の飼料にするのを禁じているが、豚・鶏への飼料利用は認めている。そのため、牛由来のたんぱく質が飼料工場などで牛の飼料に混入してしまうのではないか、と懸念され、一部の研究者や市民団体などが「米国産牛肉は危険」と主張する根拠となっている。

 日本では、動物性たんぱく質や油脂などを牛に食べさせることは禁止だが、鶏由来の肉骨粉や羽毛加工物を牛以外の豚や鶏、魚などの飼料とすることは既に認めている。

 EUの規制は、もっとも厳しいものである。運営理事会議長の発言に対して、「フィードバンを続けるべきだ」と主張する研究者や市民団体もこれから現れるだろう。BSEや人の変異型クロイツフェルト・ヤコブ病はまだ、原因や感染経路が完全に確定していないプリオン病である。予防的措置としてフィードバンの重要性を唱える人もいそうだ。それを妥当な安全策と見るのか、先進国のわがままと考えるのか。

 一方で、肉の消費量が欧米に比べれば少ない日本人としては「まず、食べる肉を減らせ」とも言いたくなる。豚肉1kgを得るのにトウモロコシ換算で7kgの飼料を食べさせなければならない。鶏肉1kgの生産に必要なのはトウモロコシ4kgである。先進国の人々が肉の摂取を控え飼料としての需要が減れば、食料として消費できる穀物の量が格段に増え、先進国と途上国で分かち合えるかもしれない。

 いずれにせよ、BSE問題だけでなく、さまざまな「食の安全」を巡る措置について今後、「安全志向か食料確保か」という本質的な問いが突きつけられることになるだろう、と私は思う。さらに付け加えれば、「安全志向か環境保全か」という問いも出てくるはずだ。

 そもそも、BSEで問題になった肉骨粉は、リサイクルの優等生だった。食肉処理で出る残渣をより有効活用しようと突き詰めていった結果、もっとも価格の高い牛の餌となり、BSEが拡大したのだ。地球の人口は、これからしばらく増加の一途をたどる。食料を確保し環境を守るために、我慢しなければならないことが出てくる。

 いや、安全策ではなく過剰な安心追求がまかり通る日本が、世界の中で道徳的、倫理的に許されるのか、私たちはもっと深刻に考えるべきなのだろう。ニュースキャスターはつい先日まで、表示の誤りなどを追及し食品の回収・廃棄を当然のこととして扱い、今は「先進国のエゴを捨てて飢餓に苦しむ人たちを救わなければ」と主張する。あるいは、農薬残留基準の軽微な超過により、大量の農産物が捨てられる。日本人は、自分たちの行動の脈絡のなさを、まったく自覚していない。それを指摘できる政治家や官僚がいない。

 EFSAの運営理事会議長は何を考えて今、発言したのだろう。EUの人々はこの発言をどう受け止め議論するのか。そしてそこから、日本人は何を学ばなければならないのか。(サイエンスライター 松永和紀)
【訂正】当初、Ptrick Wall氏を長官と表記していていました が、運営理事会議長の誤りです。Times紙でChairmanと表記されており、誤訳しました。お詫びして訂正いたします。

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