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松永和紀のアグリ話

農水省のGMO栽培指針改正案…複雑な事情は分かるが、これはまずい!

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2008年6月25日

 農水省が現在、「第1種使用規程承認組換え作物栽培実験指針」の改正案をパブリックコメントにかけている。資料や検討会議事録を読むと、農水省が重要ポイントについては毅然と科学的な判断をしていることが分かる。だが、その代わりに妙な項目が2つ追加されているのだ。このまま決まったら、今後の組み換え研究に重大な支障が出るのではないか。意見情報受付の締め切りは来月4日である。

 栽培指針は、農水省所管の独立行政法人の研究所が守るべきものとして、2004年に策定された。組み換え作物の栽培実験計画は、事前に生物多様性への影響について審査を受け、影響がないものが開放系での栽培を認められる。したがって、周辺の農作物との交雑は、法的には起きても問題がない。だが、現状では農家や消費者には受け入れられないので、この栽培指針に従い農作物との交雑を防止することになっている。

 栽培指針における交雑防止措置の最大のポイントは、隔離距離の設定だ。イネ30m、ダイズ10mなど。周辺の商用栽培とは最低、これだけの距離を取りなさい、という意味である。科学者らで構成された検討会が、これまでのさまざまな実験結果などを基に決定した(そのほか、細かい規程があり、他家受粉が主なトウモロコシやセイヨウナタネについては、食品安全性や飼料安全性に関する規程もある。詳しいことは、農水省農林水産技術会議のウェブサイトを確認していただきたい)。

 今回の改定案は、各作物の隔離距離はそのままで、次の二つの項目が付け加えられている。

イ 過去のデータに基づき、開花期の平均風速が毎秒3mを超えない場所を選定して行うものとする。その場合においても、台風等の特段の強風が想定される場合には、防風ネットによる抑風又は除雄を行うものとする。
ウ イネ及びダイズについて、開花前の低温により交雑の可能性が想定される場合には、(2)に定める交雑防止措置を講ずるか、又は開花前に栽培実験を中止するものとする。
<注>(2)に定める措置とは、開花前の摘花や除雄、袋かけなどを指す

 この2項目が、大きな問題だ。それを解説するには、この改定案の基になっている北海道の道立農業試験場などが行った実験結果から説明しなければならない。少々ややこしいが、お付き合いいただきたい。

 道立農試は06年度、岩見沢市で非組み換えイネの栽培実験を行った。うるち品種ともち品種を栽培し、距離と交雑の割合を調べる。その結果、300m離れていても0.024%の交雑が起きていたことが明らかとなった。また、07年度の実験では600m離れていても0.028%の交雑率となった(ダイズについても試験を行い、距離20mのところで交雑率が0.015%となることを明らかにしている。だが、ダイズについては、イネと似た議論となるので、この先はイネの問題に絞って話を進めたい)。

 国の指針では、イネの隔離距離は30m。単純に考えれば、国の隔離距離はあまりにも短過ぎて交雑防止の用をなさない、ということになる。実際に、北海道は、それ以前に150mの距離で交雑した記録があったことを理由に、組み換えイネの栽培指針として隔離距離300mを決めた。国の現在の指針の10倍である。

 これに対して農水省は今回の改定案で、「隔離距離は延ばさない。その代わりに、別の対策を行う」という方針を打ち出した。そして出してきたのがイ、ウの2つの項目である。

 なぜ、北海道のように隔離距離を延ばさないか? 農水省は、独立行政法人農研機構北海道農業研究センターなどの実験結果も考慮に入れ、道立農試のイネの長距離交雑の理由を次のように推測した。

(1)花粉を受け取る方の親が著しい低温に遭遇したことで、雄性不稔を生じていたのが主因
(2)花粉源が大規模だった
(3)強い卓越風により花粉も運ばれた
 私なりに補足説明しよう。イネは通常、ほとんど自家受粉する。しかし、道の試験では、花粉を受け取る側の親が冷水田で処理されたり、たまたま開花前の天候変化により著しい低温に見舞われるなどした。その結果、雄性不稔の割合が非常に高くなった。雄性不稔を簡単に説明すれば、雄しべが機能しないということ。従って自家受粉しにくく稔実率は大幅に下がる。だが、イネとしてはこのままでは自分の子孫を残せないから、逆境に耐え頑張ってほかから飛んできた花粉を受け取り実らせようとした。頑張るという表現は科学的には適切ではないが、植物が生存や繁殖に不利な条件で通常では信じられないような能力、機能を発揮することは、広く認められている。こうして、低温は交雑率を飛躍的に上昇させた。

 そのうえ、道の実験では花粉を放った方の親は2haの広さにわたって植えられていた。花粉源の面積が広い場合に交雑率が高まることは、海外での試験でも確認されていることだ。そして、強い風。花粉を運び交雑させる3条件が、うまく整ったのだ。

 試験が行われた地域は、もともと水田地帯だったが、冷害が多いことなどから最近では水田が減りタマネギやダイズへの転作が進んでいるという。この地をわざわざ選び冷水田処理したということは、道が極めて意図的に長距離の交雑率を上げるように実験設計したということを意味する。

 実験設計は実は、往々にしてこのように恣意的なものであったりする。道の狙いは明白だろう。条例に基づき隔離距離を長く定めておけば、それだけ組み換え作物の栽培は難しくなる。商用栽培も研究機関の実験も阻止できる。

 その是非の議論は、とりあえず横へ置いておこう。問題は、こうした極めて特殊な、カラクリのある実験結果を、全国の独立行政法人の研究所が守るべき栽培指針に即座に反映させてよいのか、ということだ。

 本土や九州と北海道では気象条件、地理的条件などまったく異なる。イネが2〜5割も不稔になるような冷害はほとんど発生しないし、2haも栽培するような栽培実験が行われることも考えられない。交雑率上昇の3条件がそろう可能性はほぼ、皆無だろう。つまり、本土や九州などでの実験は、交雑率が大幅に下がる。実際に、つくば市の農環研で行われた大規模実験での交雑率は、道立農試の栽培実験結果に比べて著しく低い。北海道の結果をそのまま、ほかの地域でも起こりうると仮定して対応策を検討するのは、科学的な姿勢ではないと私は考える。

 さすがに農水省も、北海道のように隔離距離をいたずらに延ばすことはしなかった。いや、指針の検討会では、農環研などが構築している交雑予測モデルに基づき、「隔離距離を延ばせば交雑率は下がるが、いくら延ばしてもゼロにすることは難しい」と明確に説明している。つまり、遺伝子組み換えにおいてゼロリスクを求めるのは科学的な思考ではありません、ときちんと説明しているのだ。むやみに隔離距離を延ばすような駄策に走らなかった点、資料が非常に分かりやすく作成され、検討会で丹念に説明され公表されている点、とてもいい。

 だが、隔離距離を延ばさない代わりに打ち出した交雑防止措置、イ、ウは科学的だろうか?平均風速3m/秒以下の根拠はなにか? そもそも、風速に関するデータが何年分も揃っていて平均風速を算出できる実験圃場がどれくらいあるのだろうか? データのない圃場では栽培実験はできないのか? 台風に耐える防風ネットなどあるのか? 開花前の低温というのは、どの程度の温度低下を指すのか? 低温になった時に急遽、除雄したり袋かけをしたりする作業をできるだろうか? 結局、栽培を中止しろということなのか?

 例えば、つくば市内にある研究所で、イネの開花前に例年の気温よりも1〜2℃下がったとする。確かに低温だ。市民団体から「交雑の可能性が上がったはず。なぜ、あの時に栽培を中止しなかったのか?」と追及された時に、研究者は答えられるだろうか。これまでの植物学的な知見から言えば、影響はないはず。だが、「この場所で、実質的な影響は出ません」と断言する科学的な根拠は薄い。それは、同じ場所で何度も実験を重ねていないと言いにくい。さて、研究者はどうする?

 農水省はどうして、このような曖昧な項目を出してきたのか。同省の本音は聞けないけれど、事情はなんとなく分かるような気がする。担当者は、イ、ウの問題点など百も承知である。しかし、北海道の実験結果が出て、東京都などほかの栽培したくない自治体も、その結果を利用して隔離距離を延ばしている現状は食い止めなければならない。なんとかバカバカしい延長競争にはくさびを打ち込みたい。

 一方で、北海道の実験を受けて国の栽培指針を何も変えない、というのも、素人、つまり一般国民には理解しにくい。どんな天候、地理的条件であれ、交雑を極力抑える努力を見せなければならない。研究者にさせなければならぬ。そのために、隔離距離は変えずに、研究者がある程度、フレキシブルに解釈できる緩い文面の追加項目にしたのではないか? これが、私の“推理”である。

 だが、私は思うのだ。やっぱりこのような科学的に明確でない文言は、栽培指針に盛り込むべきではない。改正案のままでは、市民は交雑が頻繁に起きると誤解するだろう。台風の時に「花粉が飛ぶ」と真剣に心配する人もでてきそうだ。台風の時は雨量が多く、花粉はほとんど飛ばないのだが。

 それになにより、科学的でない制限はまじめな研究者の意欲を失わせる。実際に、私の元にはかなり、怒りと失望の声が聞こえてきている。今回の原稿は、そうした人たちから情報提供を受け、私なりにまとめたものだ。

 あわてて項目を追加せずに、もっとデータを収集して慎重に議論してもよいだろう。どうしても追加したいなら、実験圃場それぞれの気象変化や地理的条件などに応じた交雑防止策を求める項目にした方が、より実効性があるのではないか。この栽培指針は、影響力が大きい。自治体の栽培規制はもとより、大学の研究などでも、この指針に準じた措置がとられる場合がほとんどだ。だからこそ、科学的に考えたい。

 遺伝子組み換えは、育種の一手法として大きな可能性がある。社会的に受容するかどうかということと、未来を見据えた研究は冷静に分けて考え、研究は粛々と進める必要がある。世界的な食糧危機が叫ばれる中で、感情的な「なんとなくいや」はもう通らない。

 農水省は揺らぎのない科学的な姿勢を見せてほしい。そして市民も、北海道や東京都、ほかの自治体の隔離距離のカラクリ、食べて利用しているのに「安全・安心のための栽培規制」を行う欺瞞に、もうそろそろ気付くべきではないか。(サイエンスライター 松永和紀)

 北海道は、「遺伝子組換え作物の栽培等による交雑等の防止に関する条例」を2005年3月に公布、06年1月に施行しており、その時点でイネの隔離距離を300mと定めていました。以降、変更していません。お詫びして訂正します。(2008年7月7日)

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