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松永和紀のアグリ話

ドイツの“大雑把”から見える日本の「食の安全」は……

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2008年7月9日

 先月、ドイツで飲料メーカー2社の工場を視察した。そして、心の底から驚いた。品質・安全管理のやり方が、日本の大手食品メーカーとはまるっきり違う。いやはや、とんでもなく大雑把。予想はしていたのだが、これほどいい加減とは思わなかった。さらに、驚いた。何がって、自分の心の動きに。私は常々、日本のメーカーの品質・安全管理や、行政の構築する規制・指導を「過剰すぎる」と批判的に見ていた。「欧米のレベルに落とせ」と考えていた。だが、ドイツの飲料メーカーにあまりのやりように、どういうわけか、むらむらと怒りがこみ上げてきたのだ。

 視察は、環境省が設置した「ペットボトルを始めとした容器包装のリユース・デポジット等の循環的な利用に関する研究会」によるもの。ドイツでは、1986年からリターナブルのペットボトルが導入されているのだ。

 ただし、本項ではリユースについては触れない。もうすぐ研究会の中間とりまとめが出るので、関心がある方は読んで欲しい。

 さて、ドイツの安全管理の話である。飲料メーカーでは、日本の食品工場見学と同じようにまず、見学者用白衣を渡され身に着けた。だが、帽子は髪を包み込むタイプではなく普通のキャップ。靴はそのまま。エアシャワーを通ったりすることもなく工場内へ。でも、入った先は、回収したペットボトルを、飲料別に分け洗浄剤や水で洗うところだったから、まあそう、神経質になることもない。

 吸い殻が入ったペットボトルが機械で選別されて再利用ラインからはずされるところや、洗浄の様子などを見学した。洗浄しているから当然、足下は水や洗浄剤で濡れている。その上を私たち見学者は歩き回り、ラインから1〜2mの距離でじっくりと見せてもらった。

 回収されたペットボトルは数度にわたる洗浄や水洗いによってきれいになり、ベルトコンベヤーに整然と並び進んで行く。私たちもラインのそばを進む。どこへ行くのだろう……。なんと、ペットボトルはそのまんま、あっというまに充填装置の中へ入ってゆき、飲料が充填されキャップがかぶせられ商品完成、であった。

 まだ濡れているに違いない足下の靴。もしかしたら洗浄剤の飛沫も付いているかもしれない白衣。そして、上向きに口を開けて並べられ、空気中のほこりや微生物が入りつつあるかもしれないのに、充填装置に吸い込まれて行く空のペットボトル。私は目の前にあるものに、呆然となった。視察者の中には、室内で虫が飛んでいるのを見た人もいた。
 日本だったらどうだろう? 洗浄ラインと充填ラインは当然、別のスペースにするはずだ。洗浄ラインの最終行程や充填ラインは、エアシャワーなどを経ないと人が入れないようにするだろう。

 日本の食品工場の多くは、見学をガラス越しにしか許さない。中に入れてもらえる場合も、全身を包み込む白衣を渡され、長靴に履き替えることを命じられ、十分に手を洗い消毒液の上を歩きエアシャワールームを経てやっと中へ入る。ドイツの工場は、大きな窓がついており、路上から空のペットボトルが充填ラインに入っていくところが見えるようになっていた。でも、日本であれば、虫など絶対に入らないように窓はつけない。工場内の圧力が変えられ、外気が中に入らない構造になっている場合も多い。

 大手飲料メーカーだけでなく、管理がうんと難しいもの、例えば漬け物やカイワレダイコンのメーカーだって、しっかりしたところはこのレベルの安全管理をしている。ドイツの飲料メーカーとは比較にならない。それが日本なのだ。

 ドイツで見学したもう一つの飲料メーカーは、ある意味もっとすごかった。炭酸入りのミネラルウォーターが主力商品。洗浄ラインと充填ラインがつながっているのは、前述のメーカーと同様だが、見学者はラインには近づけず、2階の見学スペースから1階の作業工程を見る形。だが、日本のようにガラスでは仕切られておらず、2階から物を落としたらそのままラインに影響が出そうだ。

 よく見ると、充填装置の近くの床が白くなっている。床が濡れていて洗浄剤の泡がたまっているのだ。2階でも、飲料用の香料ではないつんとする匂いが感じられる。洗浄剤の匂いではないか、と思う。つまり、洗浄剤が揮発して工場内、もちろん充填ラインあたりにも漂っているということだ。

 広報担当に尋ねると「洗浄剤の匂いではない」と言う。「洗浄剤の揮発は心配ないのか」と尋ねると、「ナチュラルな洗浄成分なので問題ない」という回答だった。「そんないい加減な回答で、広報が務まるのか?」と思わず言いそうになって、ぐっと言葉を呑み込む。これでよいのだ。ドイツでは、何も問題になっていない。でも、でも……。

 私はしばらく怒っていた。こんなずさんなメーカーで作られたミネラルウォーターは、日本でも売られている(日本に輸入されているのは、リユースのペットボトルではなくワンウェイのペットで、同じメーカーの別工場で生産されている)。炭酸入りで硬度が高めで結構おいしい。私は、普通のミネラルウォーターは買わず水道水を飲むけれど、ガス入りは時々買う。このずさんなメーカー製も、お気に入りのブランドだった。

 帰国して2週間あまりたつ。日本の食品をめぐるさまざまな騒動の執筆や講演活動に戻り、怒りは薄れた。ずさんなガス入りミネラルウォーターも買って飲んだ。おいしい。やっぱり、日本は過剰すぎるように思う。ドイツで問題は起きておらず、消費者も気にしていないという事実は、大切だ。日本の消費者やマスメディアが、食品企業を責め立てて、日本はこんなところまで来てしまった。そのために膨大なコストがかかる。環境負荷も大きくなっている。

 日本の食品メーカーに、「ドイツ程度でいいんだよ。いや、本音を言えば、少し上くらいのレベルでね」と言いたい。メーカーの近年のぎりぎりの努力、品質と安全性向上に心血を注いだ歴史を否定するようなことかもしれないけれど、言いたい。同時に消費者にも「過剰な安全追求は止め、コスト削減や環境負荷軽減を考えましょう」と呼びかけて行かなければならない。難しいけれど、それが今、日本でやるべきことなのだ、と改めて考えている。(サイエンスライター 松永和紀)

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