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松永和紀のアグリ話

日本の農家は、GMスイートコーンをぱくっと食べた

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2008年8月6日

 食べた! 思わず、そう口に出して言いそうになったほど驚いた。シンジェンタジャパンの静岡県内にある研究サイトで、8月2日に開かれた遺伝子組み換えスイートコーン見学会。研究員が皮をむいてきれいな実を見せると、農家の女性たちは迷うことなく手を伸ばし、粒を口にした。「甘い」「おいしい」「作ってみたい」。そんな声も出た。日本でもこれから、遺伝子組み換えが作物として検討されるようになる。この光景は、そのはじまりの一瞬だ。少々おおげさだが、私にはそう思えた。

 この組み換えスイートコーンは、食品や飼料として安全性が確認されており、栽培も認められている。だが、日本で販売はされておらず、同社は遺伝子組み換えに関する情報提供のために、研究サイトで試験栽培し見学会で披露した。

 集まった人たちは試験圃場に入る前に、遺伝子組み換え技術や導入されている害虫抵抗性遺伝子などについて説明を受け、圃場でも詳しく話を聞いた。だから、普通のスイートコーンと区別できないまま口にしたのではない。同社の社員はだれも、「食べろ」とは勧めなかった。見学者は明確に組み換え品種と意識して、でもなんの躊躇もなく味見したのだ。

 もちろん、日本には遺伝子組み換え作物から作られた食品はごまんとあるから、食べたこと自体に大きな意味があるわけではない。だが、日本の農家が作物として興味を示し、食べる姿を、私は初めて見た。

 集まった高齢の農家の人たちにとって、組み換えスイートコーンはとても魅力的に映ったようだ。害虫抵抗性遺伝子のターゲットとなるアワノメイガは、日本でもトウモロコシの主要害虫。幼虫は茎の中に入り込んで茎を食べ、雌穂にも小さな穴を開けて入り込み芯や実を食い荒らす。中にいるので見えにくく、食害に気が付いた時には実は売り物にならないほどの被害を受けている場合もある。

 遺伝子組み換え技術によってアワノメイガ抵抗性を付与されたスイートコーンであれば、何もしなくてもアワノメイガの被害を防げる。もちろん、ほかの病害虫に対する抵抗性はないので、十分注意して各々の病害虫に的確に対処しなければならない。しかし、アワノメイガを心配しなくてもよいとなれば、気の遣いようは違う。特に、こまめに見て回れず作業量もなるべく軽減したいお年寄りの農家にとっては、ありがたい。

 事前に詳しい説明を受け、圃場で並んで植えられている非組み換え品種と組み換え品種の被害の程度がまったく異なることを見れば、「味見をしてみたい」と思うのは当然の流れだろう。私も農家に交じって食べた。評判は上々だ。農家の人たちは「おいしくて作るのが楽なら、こんなにいいことはない」などと口々に話していた。

 シンジェンタは、この種子を日本で販売するつもりはない。農家が「種子が欲しい」「作ってみたい」と社員に話しかけ、社員が「種子は売れない」と謝る姿が印象的だった。

 考えてみれば、農家が遺伝子組み換えによって得られるメリットを、日本人は長く評価できなかった。2000年代初頭、米国で農家が組み換え作物に大きくシフトし、日本人が受け入れなかった時は、「現在の組み換え作物は、農家に農薬節減などのメリットがあるだけで、消費者のメリットがない。これからは、消費者が食べて健康増進できるような第二世代の組み換え作物を開発しなければ」と、偉い識者の先生方が大真面目で言ったり書いたりしていた。

 農家の生産が楽になったり農薬の使用量が減ったりするなどすれば、それは生産コストの削減につながり価格に反映し、最終的に消費者の大きなメリットになる。将来の食料の安定供給にも結びついて行く。こうしたことを、多くの日本人は感じ取れなかったのだ。

 どこの国の農家にとっても、農作業は大変だ。米国の農家の苦労や努力を理解できない日本の消費者の思考回路は、日本の農家に対する無理解にもつながると私は思っている。

 米農務省(USDA)の6月30日付の発表によれば、米国における遺伝子組み換え作物の割合はさらに増加。トウモロコシで80%、ダイズで92%になるという。日本が今後も非組み換え品種を求めれば、かなり高額のプレミアムを農家と流通の両方から要求されることになる。

 このまま非組み換えを志向して高額のプレミアムを払うか、それとも組み換え品種を積極的に食べてゆくのか。国内で栽培を始めるのか、やっぱり拒絶するのか? いずれにせよ、組み換えを巡る議論は今後、活発化せざるを得ない。

 これまでのような、消費者の意向だけで空虚な議論を繰り返す愚を犯してはならないのだと思う。持続可能な食料生産を実現するには何を選び取ったらよいのか、農家の意向はとても重要だ。

 農業は難しい。シンジェンタが組み換えスイートコーンの種子を売らないのは、遺伝子組み換えに対する消費者の抵抗感が根強いためだが、同時に、このスイートコーンの味は日本の大衆の嗜好には合わないだろう、という読みもある。

 見学会で「作ってみたい」と言った多くの農家も、「ゆでたものをきちんと食べて判断したい」と思っただろう。そうなれば、「味がもう一つだから、やっぱり売れ筋の非組み換え品種を、苦労しても作る」と考えを改める農家も出てくるかもしれない。

 農家は、価格や味、栽培の手間、コスト、外見、棚持ちなど多くの要素を検討して育てる作物を決め品種を選ぶ。栽培方法や収穫時期、流通方法などによっても、農産物の品質は大きく変わってくる。そこが農業の難しさであり、面白さでもある。

 遺伝子組み換え品種も、安くて質の高い農産物をたくさん得るための多様な選択肢の一つである。安全性に関して問題視する人もいるが、私はほかの突然変異育種などをまったく問題にせず、遺伝子組み換えだけを危険視する論法に、科学的な根拠を見出せない。遺伝子組み換えだけを忌避するのは公平な姿勢ではない。それは、これまで本欄で書いてきた通りだ。

 日本の農家は、自ら検討し消費者の動向も見据えながら自分で何を栽培するか決めたいはずだ。消費者にも、「高くても非組み換えを買う」と「安全性が保たれているのなら組み換えを買う」のどちらかを選ぶ権利がある。マーケットに、公平にどちらの選択肢も用意されていることが重要だろう。安定した食料生産と消費を維持するための議論を進めたい。(サイエンスライター 松永和紀)

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