ホーム >  FoodScience過去記事 > 松永和紀のアグリ話 > 記事
こちらのページは以前、日経BP社 FoodScienceに掲載されていた記事になります。
当サイトから新規に投稿された記事については、こちらよりご覧ください。

松永和紀のアグリ話

都の衆愚政治? 原料原産地表示義務付けのナンセンス

  • シェア
  • Check
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Share
2008年8月27日

 東京都が8月25日、国内で製造され都内で販売される調理冷凍食品の原料原産地表示を義務付けた。経過措置期間は来年5月31日までだ(プレスリリース)。都は、「中国製冷凍ギョーザ事件により調理冷凍食品に対する都民の不安が高まる中で、都民が安心して適正な選択ができるようにした」などと説明している。“安全”ではなく“安心”である点に注目したい。原料原産地を表示することと食品の安全性とは関係がないのに、大きなコストがかかる原料原産地表示を、調理冷凍食品メーカーだけに強いている。おかしな話だ。マスメディアや一部の活動家に煽られて中国製に不安を感じている消費者には評価されるだろうが、これは大衆迎合、もっと強く言えば衆愚政治だ。この制度が消費者にもたらす不利益は計り知れないと私は思う。

 本サイトで、多くの執筆者が指摘している。中国製には犯罪が原因のリスクの高い食品もあったとみられるが、日本のメーカーや商社が日本の農薬取締法や食品衛生法を守らせて中国で作ってもらっている極めて品質の高い食品も多いのだ。「中国産」とひとくくりに語るのはナンセンス。和歌山ヒ素カレー事件の後に「和歌山産は危ない」と考えるのと同じレベルだ。

 犯罪対策は厳正に講じるべきだが、それと食品の安全・品質管理を混同しても意味がない。中国以外の国から輸入されるものも、中国製と同様にピンからキリまである。それは、国産も同じである。国産にも、犯罪に起因するリスクの高い食品はあるのだ。「中国産だから危ない、国産だから安全」と考えるのは大間違いだ。原料の原産地と安全性は必ずしもリンクしない。ところが、消費者の多くは結びつけて考えている。

 誤解から生じる政策要望に対しては、行政はまず誤解を解く努力をしなければならないだろう。現実には、誤解を完全に解くことは難しい。だが、加工食品の原料原産地を知らせてほしい、という消費者の要望に自主的に答えている企業や商品は数多くある。知りたい消費者は、少し余計に財布からお金を出して、そうした商品を買えば良いだけだ。

 原料原産地を正確に把握し表示するのは、コストがかかる。さまざまな弊害も生じる。そのことを、私は本欄3月19日付で書いた。「原料原産地表示=安全」という誤解に拠って立つそうした負担を、無条件にすべての消費者に強いてはいけないはずだ。

 だが、この制度を審議した「東京都消費生活対策審議会」では、こうした問題点がほとんど話し合われていない。そればかりか審議会は、委員の一部から出た「原料原産地表示と安全を確保することとどういう関係があるのか」という問いに対して、むりやり“安全”にこじつける珍妙な理論を展開してしまった。

 答申案をまとめた起草部会部会長の言葉を、議事録(第19次第8回総会)からそのまま紹介しよう。「事業者に表示していただくことをお願いすれば、事業者とすれば、その原材料を選択する際に、どこから何を調達するかということを意識していただくということからして、これはあくまでも間接的効果かもしれませんけれども、当然、安全に配慮していただくことが従前よりも、表示を義務づけることによって高まるだろうと。」

 失礼な言い草だ。ほとんどの食品メーカーにとって、安全配慮は当たり前のこと。安全な原料を確保し、それをうまく組み合わせて製造した食品を安定供給している。一部に安全をないがしろにする業者がいるからといって、「安全配慮が足りない業界」と扱われてはたまらないだろう。

 こうしてできた制度は、見事に分かりにくいものだ。詳細は、東京都の資料を見て欲しい。ちなみに、8月6日と8日に開かれた説明会で配られたQ&Aには、具体的な事例が載っている。例えばニラギョーザぎょうざ。原材料名がこのように記載されている。「小麦粉、豚肉(アメリカ)、たまねぎ(国産)、ニラ(中国)……」。なぜ、小麦粉には原産国の記載がないのか、消費者は頭をひねるに違いない。

 あるいはコロッケ。原材料として、野菜(じゃがいも、たまねぎ、人参、とうもろこし)、衣(小麦粉、でん粉…)、豚肉……などを使い、重量の割合が5%以上のものが多い順にじゅがいも、小麦粉、たまねぎ、豚肉である場合、原料原産地表示が必要なのは、じゃがいもとたまねぎだけ。なぜ、この二つ……。消費者は戸惑うだろう。メーカーも、制度を遵守する正確な表示に、四苦八苦することだろう。

 にもかかわらず、冷凍食品メーカーの制度遵守の拠り所となるはずのこのQ&Aは8月27日現在、準備中となっていてウェブサイトに掲載されていない。都はどうしてしまったのか?

 そもそも、なぜ調理冷凍食品なのか? 都は「安全・安心の揺らぎの原因となった」などと説明するが、調理冷凍食品の消費は3〜4カ月は落ち込んだが、その後はV字回復だと私は冷凍食品メーカーから聞いている。冷凍食品メーカーだけこんなコストのかかる制度を強いられるのは、公正さを欠いている。

 京都大学出版会が7月に出した「生物資源から考える21世紀の農学第5巻 食品の創造」という本がある。この第8章「食品安全の考え方とレギュラトリーサイエンス」に、興味深い記述があった。抜粋して紹介しよう。

 『2007年わが国では、虚偽表示の問題がマスコミなどで大きくとりあげられ、「食品の安全確保のために食品表示の強化を!」とか、逆に「虚偽表示によって食品安全が損なわれた」などというヘッドラインが使われた。食品表示は消費者の選択に資する重要な情報であり、消費者が安心して購入・摂取できるようにするためには不可欠のものである。しかし、表示の強化によって食品の安全性が向上することはない。(中略)
ましてや、原産地表示や原料原産地表示は安全性とはまったく無縁のものである。おそらくこれは、国産品が安全であるとの優良誤認を与え、国産品を買わせようとの目的で喧伝されているものと考える。(中略)
先にも述べたように、表示をこのように食品安全と強くリンクしている国は、先進国の中ではわが国くらいである。とくに、原料原産地表示についてこれだけ資源を投入しているのもわが国くらいであり、それを食品安全のためと言われると本当に恥ずかしく思う。』

 この第8章を書いたのは山田友紀子さん。現農水省審議官である。FAOの専門官などを経て農水省課長となった時には、マスメディアでも紹介されずいぶんと話題になった人だ。第8章の冒頭で、内容が個人的な見解であり農水省の見解とは大きく異なるところもある、と断ったうえで、記述されている。

 まったく山田さんの指摘の通りである。そして、こうした内容を堂々と公表できる山田さんを尊敬する。なぜ、同じことを審議会で識者が、消費者団体が問題提起できなかったのか? マスメディアはどうして、批判できなかったのか?

 山田さんは第8章の中で、報道の問題点も指摘し、食品分野を専門とするジャーナリストの著しい不足も問題視している。私も反省するしかない。本欄で1回だけ取り上げた以外は、ほかの仕事にかまけてこの都の制度批判をきちんとできなかった。制度が始まってから批判しても、本当は仕方がないのだ。

 国も、7月28日にあった「第35回食品の表示に関する共同会議」で、加工食品の原料原産地表示強化の姿勢を明らかにした。新聞に載っている「加工食品の原産地表示へ関心の高まりに応える」という農水省担当者のコメントはもっともらしいが、国産振興の意図が透けて見える。それは、国民のためになるのか? 今度こそは、関係者と共に考えて議論に結びつけたいと思う。(サイエンスライター 松永和紀)

⇒ 松永和紀のアグリ話記事一覧へ

専門家コラム一覧

FoodScience 過去記事

以前、他のサイトで掲載されていた記事をこちらより選択してご覧いただけます。

お知らせ

FOOCOMが「第1回食生活ジャーナリスト大賞」を頂くことに決まりました(3/28)
FOOCOMはこのほど、食生活ジャーナリストの会(JFJ)の「第1回食生活ジャーナリスト大賞(ジャーナリズム部門)」…【全文を読む】