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松永和紀のアグリ話

農水省発表はモラルハザードを招かないか?

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2008年9月24日

 先週、食品企業広報会で講演した時、企業の方から尋ねられた。「農水省は事故米についてどう情報を公開したら良かったと思いますか?」。その時は、うまく答えられなかった。農水省は、批判を逃れ「情報公開」という大義名分を守るために、被害者である零細業者の名前まで公表したのだ。罪のない人たちを、こんなに簡単に見捨てるような国に、私たちは生きている。その衝撃が大きすぎて、冷静に論ずることができなかった。そして、今もできないでいるような気がする。まじめに努力してきても、無駄なのだ。日本の食品業界を支えてきた誠実な人たちに、モラルハザードが起きないか? これこそが、日本の食の危機ではないか?

 9月10日付本欄で書いたとおり、今回食用として流通してしまったメタミドホス残留米、アセタミプリド残留米が、健康影響を及ぼす懸念はない。また、アフラトキシンに汚染されたコメが使われた焼酎については、鹿児島県が検査し未検出を確認している。したがって、流通ルート公表は、「食の安全を守る」こととは無関係だ。

 そして、今回の事故米穀を使った末端の業者の多くに、三笠フーズの不正を見抜く術はなかった。カビ米は末端業者でも分かる、という意見もあるが、少なくとも農薬残留米は識別できないだろう。にもかかわらず、農水省は業者名を公表し、「食の安全の確保を最優先する観点から、関係企業等の名称を公表することといたしました」という大臣談話を出した。これでは、やっぱり「名前を出した企業の食品は危ないから注意を」と国が言っているようにしか見えない。

 22日付で対応策緊急取りまとめを公表した際は、「リストに掲載された業者の方々は、三笠フーズとは異なり、事故米穀であることを知りながら、生産・販売していたわけではありませんので、その点について国民の皆様のご理解をお願いいたします」と、取って付けたようにウェブページに出した。自分たちが無責任に公表した非は棚に上げて、混乱を国民のせいにする。これは、許し難い。

 産経新聞によれば、コメの検査体制の改革策を発表した内閣府・増原義剛副大臣は「これまで性善説に立ち過ぎた」と述べたという。だが、農水省がやってきたことは、性善説というような偉そうなものではなく、単なるサボタージュ、業界とのなれ合いだ。

 私は事故米穀の問題が起きた後、トウモロコシやダイズなどの輸入ルート、事故品の取り扱いなどを調べてみた。これらも、一定の割合で事故品が出ている。

 だが、これらの品目は民間貿易であり、輸入商社が、最終的にどこに流れどのように使われるか、徹底的に把握する努力をしていた。おかしな使われ方、事故品の食用転用などされないようにするのが、商社としてのリスク管理だ。そのうえ、税関も監視している。厚生労働省も、事故品の処理について報告を求める仕組みを持っている。こうした作業が、不正に対する大きな抑止力になっていることがうかがえた。

 ほかの品目における民間貿易ではできていることが、コメではできていない。税関も厚労省もアンタッチャブル。ある民間関係者が言っていた。「私たちは、厚労省や税関という警察に監視されて、輸入手続きを行っている。だけど、コメは警察が輸入者を兼ねているんですよ。これじゃあ、だめだよね」。これが、事故米穀の問題の本質ではないか。にも関わらず、農水省は「業者が悪い」「性善説に立ちすぎた」と責任転嫁だ。

 私は、「性悪説」に立った食品行政は、効果が薄いと思っている。いくら監視を強め検査を増やしても、食品業界は悪いことをしようと思えばいくらでもできる。従業員が少ない中小企業ならなおさらだ。食品産業の市場規模は80兆円を超える。全国津々浦々、すべての企業を監視できるわけがない。本欄読者であれば、いろいろな手口を思いつくであろう。もしすべてを国が監視しようとしたら、莫大なコストがかかる。

 でも、ほとんどの人がそのような不法行為はしていないのだ。業界を今支えているのは、個々の人たち、企業の「法律を守って適正な価格でよいものを作りたい、売りたい」という善意と倫理観である。トウモロコシやダイズなど国家貿易品目でないものですでに構築されている、民間同士で契約しリスクをシェアし合う意思である。官は、いくらコメといえどもいたずらに監視を強化するのでなく、ツボを押さえた簡潔な規制に向かい、民の力を信じるべきではないか。

 今回、国に裏切られた零細業者たちは、何を思っているだろう? その姿を見て「一歩間違えればうちも」と冷や汗を流した人たちは、どう考えているのだろう? なんとしても、モラルハザードという事態は招きたくない。

 実は、4年半続いたこの連載の今回が、最終回だ。卒業させていただくことにした。食の安全に関する科学を書き続けてきたけれど、今思うのは、科学技術を用い科学的に判断するのは「人」だ、という単純な事実である。重要なのは、科学的な考え方の前に、人なのだ。なのに、国によってないがしろにされている。踏みつけにされている。そのことを批判しなければならない原稿が最後になった、ということが個人的に残念で仕方がない。

 本欄を通じて、食に関わる多くの真摯な人々に出会い、私は科学ライターとしても人としても育てていただいた。読者の皆様、日経BPの編集長をはじめとする方々、そして、ほかの執筆者の皆様にもお礼申し上げたい。私は、それぞれの努力で不正を働く企業が減りもっと良い食の世界が切り開かれる、と信じているし、私自身も微力ながらそのために働きたいと思っている。また別の場でお会いしましょう。(サイエンスライター 松永和紀)

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