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情報収集の次になすべきことは?

宗谷 敏

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 4月23日午後、東京で開催されたFOOD・SCIENCE/日経バイオビジネス主催の「食の安全・ビジネスセミナー」を傍聴させて頂いた。最後の会場質問で、Btトウモロコシの花粉によりフィリピンの畑周辺住民がBt毒素に曝露したという話題を唐突に出された方がいたので、今週はこれを取り上げてみる。

 ことの発端は、去る2月23日、クアラルンプールで開かれたカルタヘナ議定書締約国会議の初日にノルウエーのトロムソ大学教授(遺伝子生態学)であるテリエ・トラヴィク氏が行った発表である。これに関連する報道は50本近く上がっており筆者は全てに目を通しているが、オリジナルの情報が限定的でありほとんど内容が重複しているため、トラヴィク氏の発表資料(といっても単チラ、一枚紙に近い)らしきものを以下に張っておく。

参照記事
TITLE: Bt-maize(corn) curing pollination, may rigger disease in people living near cornfield.
SOURCE:Mindfully Org., Terje Traavik & Jeffrey Smith
DATE: April 24, 2004

 報道の内容を時系列で整理すると、フィリピンのミンダナオ島で03年7月トウモロコシ畑に隣接する居住者106名が高熱、咳、皮膚疾患、嘔吐などを伴う体調不良を訴えた。トウモロコシ畑には、モンサント社のBtトウモロコシDekalb 818 YG(GMであるMon 810と在来種であるDekalb 818とのハイブリッドタイプ)が植えられていた。

 トウモロコシの開花時期は6月であるが、現地では一般的な伝染病も多発する雨季と罹患の時期は重なっていた。地元の医師はBtトウモロコシと患者との因果関係や疾病の原因を特定できなかった。このため10月12日になって調査委託を受けたトラヴィク氏の元に、患者39名分の血液サンプルが送られた。

 これらの血液サンプルを分析した結果、Bt毒素に対する免疫抗体が発見され、その原因はBtトウモロコシの花粉を吸引したことに起因するかもしれないとトラヴィク氏は主張したのである。これが事実なら、従来受容器がないから哺乳類には安全と言われ、有機農業でも生物農薬として使用が認められてきたBtの安全性が覆ることになる。

 各記事には、賛否両派からの様々なコメントが付随しており、フィリピン政府やモンサント社の否定的見解(04.02.24, Reuters)は当然だろうが、レビュー(査読)を経て、例えば『Nature』など専門誌に公表された論文ではないことから、科学者は概してこの試験結果に懐疑的(04.02.27.Guardianなど)である。代表的な意見は「新聞発表で大衆にパニックを起こさせる前に、主張を確立する科学的な関連データを示すべきだ」というもの。

 また、96年以来、米国、カナダ、アルゼンチン、スペインや南アフリカなどで、Mon 810はじめBtトウモロコシは何百万ヘクタールもの商業栽培が行われてきたが、類似の事例は一切報告されてはいない。ちなみにフィリピンのトウモロコシ栽培面積は250万ヘクタール、そのうちBtトウモロコシの占める割合は1万5000ヘクタール(03年)に過ぎない。

 もちろん科学史を回顧すれば、新発見によって従来の常識や定説が覆された例は枚挙に暇もない。査読を経たフル・ペーパーをトラヴィク氏が公表するまで結論を急ぐべきではないだろう。トラヴィク氏は試験が予備的なものであることは認めており、「正式な公表までは1年もしくはそれ以上かかるかもしれないが、事の重大性に鑑み敢えて発表に踏み切った」旨の発言をしている。

 しかしながら、日を追うに従いトラヴィク氏の発言内容がトーンダウンしているのはいささか気になるところだ。「私の解釈では2つの異なった現象の間に、偶然な時間的一致があるということだ」(04.03.03, Guardian)、「血液サンプル中の Bt 毒素は、 Bt トウモロコシ圃場からの曝露の結果ではないかもしれない」(04.03.10, Sun Star)

 インターネットが発達した今日、情報を収集するだけなら、時間さえ掛ければ誰にでも可能である。それを集めて公開したり、公の場で話題にしたりすることも当然自由だ。しかし、過剰な情報の氾濫は往々にして人を迷わせる。匿名掲示板などには、全てとは言わないがジャンク情報も溢れている。そういうものはスクリーニングして、広めない努力も必要だろう。

 そして、センシティブな内容を伴う情報に関しては、収集した後で確認し、分析し、評価する作業は欠かせない。これらを怠れば、時として意識せずに風評被害の片棒を担ぐことにもなりかねない。情報を扱う場合、特に第三者ヘ向けて発信する場合には、常に心しておかなければならないことであろう。(GMOウオッチャー 宗谷 敏)