科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

GMOワールド

種子は誰のものか〜IT PGRFAの発効

宗谷 敏

キーワード:

 連休中は、4月30日欧州食品安全機関(EFSA: European Food Safety Authority)が、モンサント社のGMトウモロコシNK603の輸入承認合意にまたも失敗したという辺りの報道が目を引いた。しかし、ここでは少しさかのぼって国際種子条約を巡るカナダからの記事に注目したい。

 FAO(国連食糧農業機関)が所管する国際種子条約批准国が、04年3月31日をもって40を超えた(4月1日現在48カ国及びEU)ため、来る6月29日に発効するというのがこの記事の骨子である。

参照記事
TITLE: Seed Treaty Boosts Farmers, Fails to Weed Out GM Crops
SOURCE:IPS, by Stephen Leahy
DATE: April 15, 2004

 国際種子条約(The International Seed Treaty)というのは通称で、食料農業植物遺伝資源に関する国際条約(the International Treaty on Plant Genetic Resources for Food and Agriculture -IT PGRFA)が正式名称である。

 ここではいろいろ複雑なITに関する詳細を述べる紙幅はとてもないので、独立行政法人農業生物資源研究所ジーンバンク上席研究官(当時、現独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構近畿中国四国農業研究センター作物開発部長)長峰司氏の03年度研究連絡会資料、及び同研究所の「遺伝資源に関する国際情勢」などを参照願いたい。

 ITを一言で要約すれば、「植物遺伝資源は人類共通の財産である」という思想に基づき、急激に失われつつある世界中の食糧農作物の遺伝子資源を保護し持続的に使われることを目的に、種子の使用から得られるいかなる商業的利益も、発展途上国の農民も含めて均等に分配されることを保証しようとする、なかなか高邁なものである。

 しかし、記事にもある通りITは遺伝子組み換え種子に対する特許権を妨げない。開発企業側から言わせれば、特許権が認められないなら民間企業は誰も研究開発を行わないだろうということになる。だからと言って、途上国の有望な遺伝資源を「野にあるもの」として海賊行為に及ぶことも当然許されるべきではない。ここの辺りは、今までにもいくつかの摩擦を生み、今後も継続して議論されるだろうが、非常に難しい問題である。

 ITの前身は、83年のFAO総会で議決された植物遺伝資源に関する国際的申し合わせ(International Undertaking for Plant Genetic Resources:IU)であるが、92年の国連環境開発会議(地球サミット)で採択され、93年に発効した生物多様性条約(Convention on Biological Diversity: CBD)に整合させるため、7年をかけてFAOは交渉を行い、01年11月のFAO総会でようやく採決に漕ぎ着けた。

 ITが対象とする作物は、イネ、コムギ、オオムギ、トウモロコシ、カンショ、バレイショ、タロイモ、インゲンマメ、キマメ、ココナツ、キャッサバ、バナナ、イチゴ、ナスなど主要な35作物と牧草類など主要飼料作物29属である。一般的な知名度ではリオの地球サミットで華々しく報道された環境主体のCBDに劣るが、これら対象作物に関してはむしろITの方が上位にあるとも考えられ、重要性は極めて高い。

 ITへの署名は02年11月4日に締め切られたが、この手の問題ではとかく新モンロー主義を決め込む米国さえ11月1日に駆け込み署名している。にもかかわらず、日本が署名していないのは解せない。いや、それ以前にこういう重大な国際条約問題に対する一般や行政の関心の低さこそ大きな問題だろう。CBDの付帯事項に過ぎないカルタヘナ議定書では大張り切りした省庁も、はるかに枠組みが大きいITには直接の担当者を除き、概して無関心、冷淡でさえある。

 ITへの加入は現在でも開かれているのだが、農水省が積極的に対応しないのは、国際的センスの欠如や行政能力を疑われても仕方ないのではないかと危機感を感じる。今年1月には農林水産政策研究所が主催して植物遺伝資源セミナーが東京で開催されたが、まずはこういう企画を国としてもっと推進すべきだろう。(GMOウオッチャー 宗谷 敏)