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GMOワールド

「バイテクの支配者」は交代するか〜モンサントとシンジェンタ

宗谷 敏

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 先週は米国(以下出自のため本社所在地を記すが、すべてグローバル企業である)のモンサント社を中心としてGMO開発メーカーの業界に様々な動きがあった。最も大きく報道されたのは、5月10日モンサントが開発中だった除草剤耐性GMコムギの商業化を、4〜8年延期すると発表したことである。

参照記事
TITLE: Monsanto Halts Biotech Wheat Development
SOURCE:AP, by Jim Salter
DATE: May 10,2004

 モンサントはプレスリリースにおいて、この措置は開発パイプラインの見直し・再編の一環であること、中止ではなくあくまで延期であることを強調している。しかし、大部分の報道が述べている通り、輸出相手先国からの反対に押された自国やカナダ、オーストラリアなどの有力小麦業界、栽培農家(一部に期待する農家の声もあるが)からの支持が現在得られないことが主因であることは、ほぼ間違いないだろう。

 そのような意味からも、株価に影響がなかった点からも、現状追認に過ぎないのだが、広く報道されたのはモンサントの経営姿勢の変化と、「満つれば欠ける」は世の常ながらここのところ後退気味なニュースが目立った同社にとって象徴的な出来事でもあったためだろう。

 今年に入ってからも、シカゴにおけるGM種子価格操作にかかわる農家の集団訴訟、アルゼンチンにおけるラウンドアップレディーダイズの販売一時凍結、牛成長ホルモン剤Posilacの米国内販売量50%削減、ケニヤにおけるウィルス抵抗性サツマイモの開発挫折とジンバブエからの撤退、インドのChapatiコムギ特許権問題など、一見同社は火の車である。

 そこに今回のGMコムギ延期である。さらに5月13日にはモンサントが州政府からの抵抗を理由に、オーストラリアにおける除草剤耐性ナタネ研究プログラムなどからも一時撤退する(州政府の姿勢軟化を条件に来年見直し)という報道が追い打ちをかけた。なお、ドイツベースのバイエル社は、オーストラリアでの除草剤耐性ナタネ開発は継続するとコメントしている。

 今回のコムギについても、どこかの論評のように「結局、消費者の声に耳を傾けなかった結果だ!」と一刀両断するのは簡単で分かり易いのだが、世の中そんなに単純なものでもない。「バランス」はGMOワールドを読み解く上で最大のキーワードであり、上に列挙した各々のネガティブな事象に対応する形で、モンサント社に関するポジティブな記事を並べることも、また可能なのである。

 ところで、ダニエル・チャールズ著、脇山真木訳『バイテクの支配者?遺伝子組換えはなぜ悪者になったのか』(東洋経済新報社刊)は、モンサントのバイテク業界における隆盛に至る裏面史を、綿密な取材により解き明かして興趣尽きない好著である。

 この書は、例えば反対派のバイブルとなっている「モンサント・ファイル」のような単なるスキャンダルコレクションとして近視眼的に読まれるべきものではない。むしろ新技術に賭ける科学者の夢と、企業としての利潤を追求する現実の相克という大きなテーマを浮かび上がらせており、FOOD・SCIENCE読者の皆様にも是非一読をお勧めする。

 さて、モンサントは当面ファーマシューティカルズ(製薬植物開発など)へは進出せず、油糧種子の脂肪酸組成改良や耐旱魃性植物開発など農業バイオに特化した経営方針を標榜している。そしてこの場合、同業他社で正面から衝突するライバルは、スイスベースのシンジェンタ社である。

 シンジェンタは、ドイツにおいて除草剤耐性コムギ試験栽培を進行中であるが、モンサントの延期に対して、開発は継続するとチューリッヒで語っている(Reuters , 04.5.11)。さらに5月12日には、シンジェンタから高らかに進軍ラッパが鳴り響く。

 英国のアストラゼネカ社が所有していたアドバンタ・シード社の買収と、バイエル社からの除草剤グリフォサート耐性技術の獲得である。これによりシンジェンタは、除草剤耐性トウモロコシGA21の米国内における販売が可能となる。

 グリフォサートは、特許が切れたとはいえ依然モンサントのドル箱除草剤ラウンドアップの主剤である。米国において大豆種子はラウンドアップレディーダイズが既にデファクト・スタンダードでありモンサントの牙城は揺るがない。しかし、トウモロコシの方は、モンサントの独占に挑戦できると踏んだシンジェンタの対米戦略強化の姿勢が伺える。

 当然危機感を抱いたモンサントの逆襲も素早かった。シンジェンタのGA21販売は、モンサントに対する特許権侵害として、5月12日直ちに告訴に踏み切ったのである。GA21は、発端であるバイエルとモンサントの間で条件付き和解に至った複雑な係争話もあるが、ここでは触れない。

 一方、ヨーロッパに目を転じれば、実質的に6年に及んだGMモラトリアムの解除となるシンジェンタの除草剤耐性スイートコーンBt11の販売認可は秒読みに入ったと5月14日付の各紙が報道している。農業バイオにおいて一気に攻勢に転じたシンジェンタは、果たしてモンサントに追いつき、抜き去ることができるのだろうか。(GMOウオッチャー 宗谷 敏)