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GMOワールド

果実と野菜はどこへ行った?〜2月14日付 New York Times

宗谷 敏

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 2006年2月14日の聖ヴァレンタインデー、バイオ工学メーカー群は米国のThe New York Timesから苦いチョコレートを送りつけられた。Andrew Pollack記者によって書かれた“Biotech’s sparse harvest”(「バイオ工学のまばらな収穫」)という長文の論評である。この記事は、米国以外の諸国も含めてカバーされた。

参照記事1-1
参照記事1-2
TITLE: Biotech’s sparse harvest
SOURCE: The New York Times, by Andrew Pollack
DATE: Feb. 14, 2006

 (以下記事抄訳)「GM農産物の時代の夜明けに、科学者はいろいろな種類の健康や食味の良い食物を想像していた。しかし、今までのところ、GM作物の大部分が農家に雑草と害虫を容易にコントロールすることによる利益を提供してきただけだ。ようやく消費者に直接的利益のある第二世代バイオ工学農産物が地平線に姿を現した。しかし、そのリストにはかって想像された製品の多くを含んでいない。

 このような作物を開発することには困難がつきまとった。GM食品への抵抗、技術的・法律的・ビジネス上の障害や、遺伝子工学を使わなくても改善された食物を開発できる能力が、開発パイプラインをふるいにかけた。この結果、多くのプロジェクトが棚上げされた。

 例えば、02年に計画されたアレルゲンフリーのダイズ開発は、ベビーフードメーカーがGM成分を避けていることとノン・アレルギーと表示された食品で万一消費者がアレルギー反応を起こして訴訟されることを怖れた食品会社のため挫折した。

 遺伝子工学の消費者受容のために、健康や食味の良い食物の供給は重要でありうる。産業はWTOパネルで先週勝利したが、それはヨーロッパの消費者のGM食品に対する懸念を克服することにはならない。

 もっぱら除草剤耐性と害虫抵抗性の2つのみを、10年売り歩いてきたバイオ工学産業から、若干の新しいタイプの農産物が現われてきた。Monsanto社の飼料用高リジントウモロコシやダイズ油のトランス脂肪酸発生を押さえたダイズ(同社VistiveとDuPont社のNutrium)などである。

 これらのダイズはGM技術を使わずに開発されたが、次世代の心臓や脳に良いとされるオメガ3系脂肪酸を多く含むダイズはGM技術を用い、3年から6年後に登場すると両社は予測する。DuPont社は、味の良いダイズの開発にも取り組んでおり、他にはビタミンAを強化したゴールデンライスプロジェクトも進行中だ。耐干魃性の作物も進歩があった。

 消費者と食品会社からの反対が、Monsanto社やDuPont社のような巨大な会社にプロジェクトの選択を強いたと同時に、新しいアイディアの多くを提供するより小規模の企業の資金調達を困難にした。抗ガン性のある成分であるリコピンを豊富にしたトマトの開発は資金的理由から中止された。

 反対だけが問題ではない。巨大会社が持つ特許権から派生するコストは、小企業や大学研究者にとって障害となり、主要穀物や油糧作物より売上高が小さい果物と野菜への遺伝子工学の適用を特に難しくした。

 もう1つの障害は専門的な問題だ。目的とする形質を得るための遺伝子組み換えが、植物体に予想外の思わぬ効果を引き起こすリスクがあると若干の専門家が言う。97年により健康的なダイズ油を売りに商品化されたDuPont社の高オレイン酸ダイズは、これを利用した食品の味が良くなかったために、現在では工業的な潤滑油を作ることのみに使われている。同様、オメガ3系脂肪酸を含むダイズ油は、フライ食品に使うためには安定性に乏しく売れないかもしれないとの予想もある。

 Friends of the Earthの研究アナリストは、誇大宣伝のGMに頼らずとも、健康的特徴を持つ農産物は従来の育種法により成功していると指摘する。メキシコでは、Monsanto社の高リジントウモロコシに類似した製品が交雑育種で開発されていると言う。開発メーカーは、交雑育種で出来るなら規制の適用を受けない分、開発は早く成し遂げられることは認めるが、オメガ3脂肪酸のような特徴はGMでしか出来ないと主張する。

 世論調査は、消費者が彼らに直接的利益を持つGM食品を受容する可能性があることを示した。しかし、それがGM食品の広い受け入れにつながるかどうかは不透明だ。1つの問題は食品表示である。

 現在、米国ではGM食品は表示されない。消費者利益を持つ農産物はおそらく分別されるであろう。そして、食品会社はそれに表示を望むだろうが、それはGMであると書くより健康に良いと書くことを好むだろう。ヨーロッパでは、GM成分を含む食品は表示が義務化されているが、健康強調表示との関連は明確ではない。

 消費者よりはむしろ巨大食品会社の受け入れ事情によるという指摘もある。彼らは、もし消費者からの拒絶のわずかな可能性でもあれば、バイオ工学農産物を使うブランドリスクを望まないだろう。『本当に彼らは門番だ。ブランドを持つ食品会社が販売することが安全であると考える以前に、消費者は選択権を持てない。』」(抄訳終わり)

 この記事は様々な反響を呼んだが、米国のバイオ工学推進派の闘将格であるHoover研究所のHenry I. Miller博士が激しく噛みついている。記事の同日に直ぐ反応したが、それだけでは気が済まなかったらしく、さらに2月17日のThe Washington Timesにも反論を掲げた。

参照記事2
TITLE: Journalism’s Sparse Harvest
SOURCE: TCS Daily, by Henry I. Miller
DATE: Feb. 14, 2006

参照記事3-1
参照記事3-2
TITLE: All the news that fits
SOURCE: The Washington Times, by Henry I. Miller
DATE: Feb. 17, 2006

 紙数の関係で訳文は載せられないが、表題からも明白なように強烈なメディア批判になっている。Pollack記者の記事は、コメントの数のバランスでは一見両論併記を装いながら、その内容は明らかに反対派に重点を置いている。

 メディアからの取材を受けた経験がある方なら十分お分かりだろうが、Pollack記者の記事中に登場した推進派の方たちの多くは「えっ、ありえない!そこだけしか書いてくれないの?」という不満を、おそらく抱いているはずだ。(GMOウオッチャー 宗谷 敏)