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GMOワールド

イモと大学〜土着文化と先進技術の相克を越えて

宗谷 敏

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 南方系の栽培サトイモ類をタロイモと総称する。ポリネシア地域を中心とした太平洋諸島では重要な食用根菜植物だ。ハワイ大学が、耐病性タロイモ品種で米国特許を取得した。しかし、地元ではこれに対する反対運動が盛り上がっている。

 ハワイ大学の研究者たちは、コメの耐病性遺伝子を中国、ハワイおよびマウイのタロイモに導入した。しかし、このうち成功したのは、中国のものだけであった。彼らは、同じくマウイとパラオのタロイモを交雑育種させ、葉枯病と腐朽菌病に強い品種を開発した。

 2002年、ハワイ大学は3種類の耐病性タロイモハイブリッド品種に、米国特許を獲得した。ただし、これらはGMの系統ではなく、交雑育種の方のラインである。これらの品種を栽培する農家は、大学と契約を結び、3年後から収入の2%を特許料として大学に支払う。これらの一部は大学の研究資金となる。

 ハワイのタロイモは約300品種もあり、植物学的には交雑しやすい。隣の農家と交雑した種子を、翌年使用することも珍しいことではないらしい。特許を取られた品種に、神からの授かり物という神話が存在するハワイ伝来の品種が含まれていたため、原住民やタロイモ栽培者たちの怒りが爆発した。

 この極めて精神的な反対理由が、おりしもGM反対運動を積極化させていた反対派活動家や、GMの交雑を懸念する有機農家などの動きとリンクした結果、大きな騒動に発展したというのが真相らしい。

 「これはGMじゃないし、もし我々が特許を取らねば他の誰かに特許を取られてしまうのに」と、当初は当惑気味だったハワイ大学も、大学内部の話し合いに反対派住民も参加させて、解決の途を探る。

参照記事1
TITLE: UH seeks solution to taro patenting
SOURCE: The Honolulu Advert, by Jan TenBruggencate
DATE: May 17, 2006

 つまり、このハワイの混乱は、GM作物への反対運動と生体特許権への反発が渾然一体となって起こっていると分析できる。GM反対が根強い土地柄では、GMナタネの交雑を巡ってMonsanto社と大立ち回りを演じたカナダのSchmeiser氏が、武勇伝、武勇伝の伝説的英雄である。

参照記事2
TITLE: Modified Foods In The Crosshairs Again
SOURCE: The Garden Island, by Ford Gunter
DATE: May 7, 2006

 GM反対運動のターゲットには、既に大幅に商業化が進んだ結果、有機栽培農家が困難な状況に追いこまれているパパイヤがあり、コーヒーも控えている。州議会では、野党からGM作物の屋外栽培(研究室レベルは除く)を、10年間禁止する法案も準備されている。

参照記事3
TITLE: Lawmakers Push Limits on Crop Modification
SOURCE: AP
DATE: March 2, 2006

 土着文化対先進技術あるいは自家採種権対知的財産権の相克という単純な構図を越えて、これらの問題をさらに複雑にしているのは、ハワイが島しょという特性から生物多様性の宝庫であるという事実だ。3月にブラジルで開催された国連生物多様性条約第8回締約国会議(CBD COP8)では、島しょの生物多様性に関する作業計画が採択された。

 ハワイ大学のタロイモ特許問題に話を戻せば、COP8の閣僚会議でもこの話題は上がったようだが、有効な結論が得られた訳ではない。開発者側から言わせれば、特許権(時限的なものだという視点がとかく無視される議論も多い)というインセンティブを認めなければ、誰も新規開発を進めないから科学技術は停滞する。

 耐病性タロイモは、被害に悩む地元にとっても当然有益な技術であるはずだ。大学を種子の独占を計る拝金主義者と批判もできないし、原住民や農家を非科学的な因習の奴隷と切って捨てることもできない。とかく騒ぎ立てる外野は除いて、直接的利害関係者には、悪意を持つ者が見当たらない。倫理問題が重視されてくる傾向の中、両論併記しか成立しないこういう問題は難しい。(GMOウオッチャー 宗谷 敏)