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GMOワールド

<箸休め企画>マラリア抑止GMカを巡る米・英の読ませる論評

宗谷 敏

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 先週、欧米では多くのメディアがこぞって大きく取り上げながら、わが国では一切無視されたGM関連報道があった。マラリアを抑止するために蚊を遺伝子組み換えする話題がGMOワールドでは時折出るが、米国におけるその進展についてだ。筆者としては、このトピック自体より米国Harvard大学の機関誌と、英国The Timesに掲載された論評が、各々視点を変えていて面白かった。という訳で、少し長くなるが今週はこの2本を併せて紹介する。

参照記事1
TITLE: Shooting The Magic Bullet
SOURCE: Harvard Crimson, by Matthew S. Meisel
DATE: March 22, 2007

 「米国は、第二次世界大戦の直後にマラリアを撲滅したが、アフリカの人々はそれほど幸運ではない。蚊が媒介する寄生バクテリアによりマラリアに毎年3億人以上が感染し推計100万から300万人が死亡し、その4分の3がアフリカの子供たちだ。

 薬剤に抵抗性を持った寄生マラリア原虫、殺虫剤に抵抗性を持った蚊及びマラリアワクチンの欠如の3大要因が、多くの地域でマラリアの撲滅を妨げていると考えたJohns Hopkins大学のMarcelo Jacobs-Lorenaたちは、異なるアプローチをとった。彼らは、マラリア原虫からの感染を妨げる余分のタンパク質を消化器官に発現する蚊をGMで作った。チームは、これらのGMカの一系統が通常の蚊より『健康的』なことに気がついた。マラリアに感染したマウスの血液を吸ってもこの系統は野性の蚊より長生きし、多くの子を残した。

 このGMカが、もし野性に放たれたら何が起きるだろうか? GMカが既存の蚊と競合し、大部分の蚊がマラリアに耐性を持つだろうという希望があるが、それはGMカが完全に野生種に取って代わるかもしれないという可能性の領域を越えてはいない。ワクチンや殺虫剤スプレーに比べ、この解決は単純で安価だ。これは説得的な研究の一つだ。

 しかし、現実的にこの技術は実現する準備ができていない。チームが使った蚊は、有害ではない種族で、使われたマラリア原虫も人には感染しない種類(訳者注:Plasmodium berghei、感染するのはPlasmodium falciparum)だ。さらに、GMカは感染している蚊に対して進化の利点を持つだけであり、野生でマラリアに感染する蚊は少数である。

 仮に、これらの技術的な問題が解決されたとしよう。より大きな質問が迫る:人が意図的に全ての種の遺伝子構造を変えていいか? これは道義的な質問ではない。蚊は自然(または神)の創造物であり、人の利益のために変えられるべきじゃない、という議論は支持されない。毎年何百万という人の生命を救うことは、ゲノムそのものへの敬意からその完全性を維持することより、はるかにプライオリティが高い。

 いっそう重要な質問とは科学的なものだ。この惑星において、我々がすべての蚊に新しい遺伝子を加えることは、マラリアを減少させることよりさらに重要な否定的結果を招く可能性があるかどうかを問う必要がある。我々はそれを知らないというのが手短な答えだ??より多くの研究とより大規模な実験が我々には必要である。穀類や家畜の農業分野の遺伝学には、選抜育種に始まる長い歴史と経験があり、食糧増産という概して肯定的結果を出しているが、GM昆虫の効果は未知数だ。より多くの研究が必要だが、GMカが野生で繁殖させられないから、一部の効果は未知数のままかもしれない。

 そして、もっと重要な質問が残っている:GMカを野性に放すべきかどうかについて、誰が決断を下すのか? それは特定の科学者だけの決定ではなく、共同の決定であるべきだ。GMカは国境を越えるだろうから、決定には広範囲の関係者が含まれるべきだ。科学者、政策当局とおそらく倫理に関する国際パネルにより、この問題が熟慮される必要があるだろう。この組織(またはその枠組み)は今設立されるべきであり、その結果より良い技術が利用可能になるなら、正しい人々を集めることは時間の浪費ではない。このようなグループが安全性を決定することが可能だろうと、私は想像し希望する。

 この組織を形成し運営することは難しいかもしれない??科学的決定が、どれほど容易に政治問題化するかについては、FDA(米食品医薬品局)がいい例だ。それでも、それは今考える価値がある。もし、より良いマラリア抵抗性のGMカが来年作られるなら、誰がそのリリースを決めるべきかについての議論に何年も費やすのは大きな悲劇だろう。我々は、マラリアの解決手段をまだ持たない。しかし我々はそれが現れるまでに人間の制度について考えることはできる」(Harvard Crimsonの抄訳終わり)

参照記事2
TITLE: Green-eyed fools should buzz off
SOURCE: The Times, by Mick Hume
DATE: March 23, 2007

 「科学者が、GMカで毎日3000人近いアフリカの子供を殺すマラリアの伝染と戦おうとしているが、環境保護グループとの摩擦からその実用化は遠い。これらのグループは、30年間にわたりDDTの使用を禁止させる運動を行い、アフリカに破壊的結果を生じさせた。

 2006年WHO(世界保健機関)が、DDTの屋内スプレーは安全かつ効果的だと最終的に認めた。30年遅れは、復権なしよりましだと言う人が少数いるかもしれないが、それでも多くがまだDDTに否定的だ。地球温暖化の科学を主張するエコアラームニストは、代替手段を捜す代わりにDDTの科学的事例と向き合うことには熱心ではない。

 代替手段として彼らのアンチマラリアキャンペーンは、死んだ子供の残虐な写真を掲げて、我々にアフリカのために蚊帳を買う寄付を依頼した。これは本当に我々が提供しうる最良のものか? これは、殺虫剤ヘの知見が更新されても我々が良心のやましさを感じずに眠る間、その下でアフリカ人が汗にまみえる植民地住民時代の『技術』ではないのか? 奇妙なことに、全家庭を24時間保護する巨大な蚊帳だとある米国上院議員が述べたDDTの屋内スプレーが認められても、南アフリカでこれらの蚊帳が捨て去られたという言及はなかった。

 テレビは『我々の生涯を通じて、マラリアとの戦争はその絶滅についてだった』と言うが、それが今やアフリカでは『個人的な保護』に変わった。つまり、アフリカ人はマラリアを伝染する蚊と共存することを学ばなければならない。なぜか? 我々は大規模な経済と社会の開発によって、ヨーロッパでは『マラリアとの戦争』に打ち勝った。しかし、アフリカでは害虫をも存続させるのを手伝う『持続可能性』の低度の成長コードに従うことを要求している人々によって、これは(DDTやGMカと共に)反対される。

 私は、『害虫管理と殺虫剤毒物学コンサルタント』がDDTスプレーに反対していることを読みさえした。アフリカには、新しい種属の寄生生物がいるようだ。奴隷制度のことを気に病むな。蚊を自由に存続させるのを手伝いながら、近代的なアフリカに償いをしようとするのはもっと良いことだろう」(The Timesの抄訳終わり)

 日頃思うのだが、先端技術に関するメディア報道の善し悪しとは、GM技術への賛否で決まるものではない。読者に判断材料をどれだけ多く提供して視野を広げさせ、より深く物事を考えさせてくれるかという点こそが大事である。そこらあたりがあまり機能していないメディアしか持たない国は不幸だ。(GMOウオッチャー 宗谷 敏)