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GMOワールド

プロとコンは糾える縄の如し〜GMトウモロコシの場合

宗谷 敏

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 GMOワールドの一つのキーワードはバランスだと以前書いたが、この考えは今も変わっていない。ネガティブな知らせには、それに対抗するポジティブな報道を必ず発見できるし、光には影が常に寄り添う。反対派も推進派も得てして自分たちに都合の良い情報しか流さないため、こういうコントラストを見つけて組み合わせるのは、ウォッチャーの楽しみの一つでもある。この視点から、ブレーキとアクセルが同時に踏まれたような最近のGMトウモロコシ情勢を観察してみたい。

 先ず、急ブレーキを踏んだフランスから。2007年10月に、新リスク評価機関が結論を出す Mon810の商業栽培凍結を発表したNicolas Sarkozy大統領、原発推進政策とのトレードオフとの穿った見方もあったが、着々と栽培禁止実現への動きを加速し、07年12月6日には、08年2月9日までMon810の商業栽培一時凍結を延長する。

 08年2月9日に至り、新リスク評価機関からは、標的外昆虫、土壌生物や微生物、水棲生物への否定的影響を証明する論文や花粉の飛距離への懸念があると、EFSA(欧州食品安全機関)や自国農業省バイオ工学委員会のリスク評価を覆す報告が出された。これを受けた政府は農業大臣がセーフガード条項を適用し、 Mon810国内栽培禁止を正式決定してしまう。

 07年のフランスのMon810栽培面積は2万2000ヘクタール、08年には10万ヘクタールへの増大が見込まれていた。激怒した全国農業組合連盟やトウモロコシ生産者協会は、フランス最高裁へ行政訴訟を起こすが、08年3月19日にはこれが退けられる。

 後は沈黙している欧州委員会のフランスに対する強権発動が残されているが、手続き上速効性はないためフランスのこの春のMon810栽培は絶望的になった。これらの周辺事情も含め、英国の08年3月21日付Farmers Guardianはよくまとまっているのでご一読を。

http://www.farmersguardian.com/story.asp?sectioncode=19&storycode=17216
TITLE: GM’s stumbling block is EU politicians
SOURCE: Farmers Guardian
DATE: March 21, 2008

 この急ブレーキのフランスに対し、アクセルをブンブン空ぶかしし始めたのが中米メキシコだ。04年12月にメキシコ議会で成立したGMO 栽培を認可するバイオセーフティ法の最終ステップとして、08年3月19日に施行規則を公表した。

http://uk.reuters.com/article/environmentNews/idUKN1935401720080320
TITLE: Mexico Approves Rules To Begin Planting GM Corn
SOURCE: Reuters
DATE: March 20, 2008

 GMO(当然対象はトウモロコシ)を栽培する農家は、農水省と環境保護局に登録して許可証を求めなくてはならない。トウモロコシ原産地とも言われるメキシコとGMトウモロコシを巡っては、01年11月28日付Nature誌掲載(後に撤回され、火に油を注いだ)の米国カリフォルニア大バークレー校研究チームによる土着の野生種との交配問題を皮切りに、様々な事件を引き起こしてきただけに、今後も紆余曲折はあるだろう。

 NAFTA(北米自由貿易協定)に基づき、08年1月1日から米国・カナダ・メキシコはトウモロコシ輸入関税を撤廃、メキシコへは米国産のGMトウモロコシが大量に流入した。しかし、国内消費量の35%、800万〜900万トンを担う米国産輸入トウモロコは、バイオ燃料ブームの煽りを受け高騰している。GMトウモロコシの国内栽培は、米国からの高価な輸入品依存を減らす効果も期待されているようだ。

 ヨーロッパに戻ろう。フランスのMon810栽培禁止の影響を受けて、突然エンジンブレーキをきかせはじめたのが東欧ルーマニアである。3月21日、環境大臣は、EU公認のMon810栽培を禁止しているフランス、ハンガリー、イタリア、オーストリア、ギリシャおよびポーランド6カ国に仲間入りするかもしれないと発言した。

http://www.eupolitix.com/EN/News/200803/82f20d25-3a7b-4e5b-ac96-288cd509a41d.htm
TITLE: Romania joins EU members in GM crop ban
SOURCE: EU Politix
DATE: March 28, 2008

 環境大臣の発言要旨は、08年4月15日から招集される国家バイオセキュリティ委員会で、MON810 栽培禁止の正当化にハンガリーとフランスが援用した環境悪影響の研究を調査し、結果いかんでは一時的なMON810 栽培禁止令を欧州委員会に求めるだろうというものだ。

 過去10年、ルーマニアは、GMダイズ栽培によりヨーロッパでも屈指のGM農作物栽培国だったが、07年1月のEU加盟にあたり、政府はEU栽培未承認のGMダイズ栽培中止を誓約しなければならなかった。07年の Mon810 栽培面積はたった325ヘクタールだったが、08年には1万ヘクタールへの増大が見込まれていた。

 急ブレーキフランスの影響は、これに止まらない。追突しそうになって、ポンピングブレークを必死に踏んでいるのがアフリカのケニヤである。アフリカ諸国にとって、対EU農産物輸出は生命線とも言える重要な経済源だから、EUの動向には過敏なほどに影響を受ける。従って、EUのGMOネガな姿勢がアフリカにおけるGMO栽培普及を妨げているというのはほぼ定説になっている。

 ケニヤでは、08年3月23日、南アフリカ産のトウモロコシ種子に Mon810が含まれていたことが発覚し、3月30日の報道では、政府がトウモロコシ種子の販売を一時的に凍結したと伝えられる。

 一方、7カ国に増殖しそうな域内抵抗勢力の勃興に、慎重な開度のアクセルワークを強いられているのが、欧州委員会だ。ルーマニアのニュースと同じ08年3月28日、欧州委員会はスイスSyngenta社のGMトウモロコシGA21をデフォルト承認した。

 GA21からの処理された製品の食用・飼料用途はすでに認可されており、今回の措置は、GA21を栽培する第三国から原料のトウモロコシ粒そのものを輸入することにまで承認を拡大したものだ。なお、GA21の域内栽培はまだ認められていない。

http://www.physorg.com/news125925254.html
TITLE: EU authorises GM maize for import, processing
SOURCE: AFP
DATE: March 28, 2008

 標準的な報道で、広くカバーされた上記AFPはやや素っ気ないが、同日の Reuters がもう少し詳しいので、そちらから補足する。この決定は、飼料穀物に対して需要が増大しているスペインとポルトガルにとって重要な意味を持つ。また、GA21を栽培する第三国とはアルゼンチンを中心に、米国とカナダを指す。

 珍しく後説を一席:GMOワールドは一時に比べると荒れていないし、本業?の方もそこそこ忙しいので、お願いして掲載を隔週にして頂いた。そこで空いた週の執筆者に James H. Maryanski博士を、編集部がアサインしたことは筆者にとって嬉しい驚きであった。おそらく素晴らしい内容となるので、今後ご愛読願いたい。

 10年以上昔になるが、FDA(米国食品医薬品局)のバイオテクノロジー・コーディネーターとして、米国大使館において博士にGMOのリスク評価に関して講義して頂いたことを懐かしく思い出す。その意味では、忘れられない恩師の一人でもある。

 その後も、博士とはお互い仕事上で何度か直接・間接に交錯し、深い学識と温厚なお人柄に、陰では「マリちゃん」などと呼びつつも、尊敬の念を強めている。漏れ聞くところ、博士の日本でのお住まいは拙宅の近所らしいので、街やスーパーでの邂逅を楽しみにしつつ。(GMOウオッチャー 宗谷 敏)