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GMOワールド

GMOは落第生か、「静かな津波」への防波堤か〜IAASTD報告書とN.Y.タイムズ論評

宗谷 敏

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 2008年4月12日、開発のための農業科学技術国際評価(IAASTD:International Assessment of Agricultural Science and Technology for Development)から最終報告書が発表された。ベネフィットよりリスクに傾いた「たかがGMO」という評価で、このところ押され気味だった反対派は大喜びだ。一方、08年4月21日の米国New York Timesは、この報告書に言及しつつ「されどGMO」という論評を第一面に掲げた。

 IAASTDは、400人以上の科学者と30カ国の政府やNGOが参加している政府間機関で、国連と世界銀行から委託された世界の農業科学に対する評価研究を行ってきた。報告書は、1. 中央・西アジアと北アフリカ、2.東南アジアと太平洋地域、3.ラテンアメリカとカリブ海、4.サハラ砂漠以南のアフリカ、5.北米とヨーロッパという世界の5つの地域毎の評価と、総合報告書から成る大部なものだ。

 この報告書の目的を要約すれば、ヒトの営為である農業そのものが環境になんらかの影響を及ぼすこと並びに人口増加やバイオ燃料など複合要因から食糧価格の高騰が起きていることを前提とし、環境保全と途上国の飢えを救うことを両立させるために、持続可能性を持つ適切なバランスを農業科学の視点から模索したもの、と言えるだろう。そして結論は、グローバリゼーションとその基盤とも言える工業化された大規模農業を否定し、農業システムの変革を訴えている。

 GMOに関しては、バイオテクノロジーの一つ手法として扱われており、バイオテクノロジー全般には一定の役割があることを認めている。しかし、GMO各論となるとBtワタなどで収量増加が認められるが、トウモロコシやダイズでは収量増加は科学的に認められない。大企業による生体特許は農民や研究者に悪影響を与えうるし、交雑などにより近隣農家が経済的被害を蒙る可能性もある、と厳しい書きぶりだ。

 このあたりの貧困と飢えを減らすツールとしてGMが支持されなかったことを不満として、ドイツBASF社、米国Monsanto社、スイスSyngenta社など国際バイテク企業群は、08年1月にIAASTDを脱退してしまった。大人げない行動と批判を浴びたが、報告書がGMOのヒトへのヘルスリスクまでを問題にして言及している部分など見ると、やむを得なかったのかとも思う。

 なぜこうなったかと言えば、バイオテクノロジーを論じた部分の冒頭にもある通り、この報告書の書きぶりは、途上国に寄ったカルタヘナ議定書の精神的な影を色濃く落としているからだろう。筆者が強く感じたのは、技術移転に伴う環境の多様性に起因する困難さという点だ。その土地固有の環境にマッチした品種や種子に新しい形質を導入して、計算通り働かせるというのは、口で言うほど生やさしいことではない。

 反収増加は大事なことだが、この報告書を契機に最近蒸し返されているGMダイズの低収量をことさら問題視するのは間違っている。何度も述べたがGMダイズは反収増加を商品コンセプトにしてはいない。農薬散布回数の減少(IAASTD報告書はこれにも懐疑的)や農家毎の技術格差の解消、余暇創出などに効果があったから、この種子は先進国で売れている。「テレビもねー、ラジオもねー、もちろん車も走ってねー」途上国で余暇の創出がなんになるのかというのは、また別種の論議だろう。

 もう一つ注意すべきことは、IAASTDが立ち上げられた02年当時と、ここ数年の実態経済に起きたパラダイムシフトとの時差だ。バイオ燃料への批判など、IAASTD報告はこの経済環境の変化をキャッチアップするために相当な労力を強いられたはずだ。それでも、世界食糧計画から「静かな津波」と名付けられた食品価格高騰・食糧危機の押し寄せる勢いは予想以上に速かった。その結果、実態経済面では、GMOを避けるためのコスト負担はもはや非現実的なものになりつつある。


TITLE: In Lean Times, Biotech Grains Are Less Taboo
SOURCE: The New York Times, by Andrew Pollack
DATE: April 21, 2008

 そして、そこを切り口としたのが、08年4月21日付のNew York Timesだ。「食品価格急騰と世界的な穀物欠乏は、政府、食品企業と消費者に対して、GM農作物への長年にわたる抵抗を緩める新しい圧力をもたらしている」と主張している。

 その具体的例証として、今まで消費者からの反発を恐れていた日本と韓国の若干の製造業者が、2年で3倍になった価格上昇に耐えかねてコーンスターチと甘味料用にGMトウモロコシを買い始めたことや、あれほどGMO反対が激しかったEUにおいてすらGM農産物輸入のより速い承認を求める動きが一部指導層に出てきたことなどが挙げられている。

 これは、欧州委員会の農業委員会(DG AGRI)が、07年7月に公表した報告書に端を発し、飼料原料の高騰や不足が業界の存続を危うくするという英国の畜産業界などが強く抱いている危機感に根ざしている。

 さらに米国でも、コムギ生産者と販売業者の間で、輸出先を失う恐れからいったんは放棄したGMコムギに対し、供給力を強化する方法として見直す動きが出てきている。米国小麦協会関係者は「価格と供給懸念から、人々の考えが今日変わってきているのはかなり明確であると思う」と述べている。かってはGMコムギ栽培を見合わせるよう農家に警告したグループが、種子会社がGMコムギ開発を再開し、海外市場のバイヤーにそれを受け入れさせるよう努力している。

 米国コムギの生産量のおよそ半分は輸出されるため、農家や加工業者は海外からの買い渋りを恐れて反対に回った結果、Monsanto社は最初のGMコムギ開発で04年に挫折した。しかし、作付面積で競合関係にあるダイズとトウモロコシはGMを採用したことで経済性優位性を獲得して栽培面積を伸ばし、コムギの栽培を圧迫した結果、コムギの供給懸念や価格上昇を招いたという反省も業界筋にはある。

 若干の国における食物不足に起因する暴動は、食糧を自給するための方法に世界の注目を集めさせる結果、バイオ工学の提唱者がチャンスを見出す。彼らは、食物が豊富な時代には不必要だとみなされたかもしれない遺伝子工学が、食糧とバイオ燃料に対する今後の需要に対処するためには不可欠であろうと論じる。

 現在、GMOへのいかなる新しい受容も、昨年世界のバイオ工学農作物の面積の半分を占めた米国の輸出業者に恩恵であるだろう。しかし、トウモロコシ、ダイズまたはナタネの相当量がアルゼンチン、ブラジルとカナダで生産されており、中国もGMコメを開発し、規制当局の許可を待ち受けている状況にある。

 コメやコムギのような基幹食料の過去数ヶ月で2倍となった価格急上昇が、カメルーン、エジプト、ハイチとタイなどいくつかの国で激しい抗議運動を引き起こさせて、その背景にあるバイオ燃料、エネルギー価格上昇、インドや中国の需要増、オーストラリアの干ばつなどを含めて、バイオ工学を再評価する圧力を招く。

 最近のドイツやフランスなどヨーロッパ諸国での一連の動きやIAASTD報告書のように、バイオ工学はまだ障害に直面する。反対派は食糧危機がGM推進の弁明に用いられることを警戒し、一部の開発企業からさえ産業は現在の危機を自身のアジェンダ推進のために使うべきではないという声がある。

 長い目で見ればバイオ工学がなにか重要性を果たすことができるとしても、食糧不足が若干のバイヤーがGM農作物を避けることをより困難にしている。

 以上がNew York Timesの抄訳だが、この論調は米国の複数のメディアに現れている。特に新しいことを述べている訳ではないが、それでもGMO論争が新しい局面を迎える可能性を秘めたIAASTD報告書は、それ自体よりもそこから反射される万華鏡のような各国メディアの反応が面白い、と言ったら不謹慎だろうか。そして、日本の一般メディアの無視や沈黙は、筆者のもっとも気になるところでもある。(GMOウオッチャー 宗谷 敏)