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GMOワールド

一人芝居劇評〜ISAAAの季節に私もブチ切れる

宗谷 敏

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 2009年2月25日付本誌メルマガで、ウェブマスター中野栄子氏から予告されたため、同日東京で開催されたISAAA(国際アグリバイオ事業団)記者報告会について書く。残念ながら、筆者は中野氏のように素直な性格ではないので、氏のメルマガとはまた異なるひねくれた感想と書きぶりになることを、予めお断りしておく。08年の世界のバイテク農作物商業栽培状況に関するプレスリリースとサマリーおよびハイライト などは、2月11日にISAAAから公表された。面倒臭い方は、CBIJ(バイテク情報普及会)が、コンパクトに纏めたデータをアップ してくれているので、こちらを参照願いたい。また、これらのポイントについては、中野氏が若干触れているので筆者は繰り返さない。

 まず、ISAAAが、世界のGMO(ISAAAではバイテク農作物という言葉が使われるが同義語として扱う)商業栽培データを調査し、提供し続けていることは文句なく賞賛されるべきだろう。これらのデータを政府が公表している例はUSDA(米国農務省)以外世界に存在しないため、唯一のデファクトスタンダードたる貴重な参照資料となる。

 数値の信頼性は、当然ながら各国の私的な情報提供者の資質に依存するが、種子メーカーと販売業者や農家組織を押さえていれば、他の農業データの例からも下手な政府公表値より案外実態を捉えている場合が多い。つまり、業界情報とは蛇の道は蛇なのである。

 4年前からwho benefits from gm crops?というタイトルで ISAAA対抗年次報告書をぶつけているのが、FOEI(The Friend of the Earth International)だ。しかし、あまり効果が得られないため、とうとう今年ブチ切れて、ISAAAデータの信憑性にまで疑いを投げるという禁断の手段にFOEIは訴えたが、「信頼できるデータソースからの情報に基づく」とISAAAから一蹴された。「じゃ、自分でやってみろよ」と言い切れる職人技は強い。

 以上を踏まえた上で、それでも筆者は毎年の報告会を聴きつつ、なにか釈然としない違和感を覚えてしまうのだ。海外のGMO報道の追っかけを長くやっているから、講演者のClive James博士が述べるサイドインフォメーションのすべては、筆者にとって耳新しいものではない。問題なのは、全体構図に対するそれら情報ピースの置き方や評価である。もちろん物事の判断基準や評価は立場により個別のものだろうが、それでもGMOを賞賛するあまりに強引な引用や解釈が目立った。

 例えば「GMOは反収が増えない」といった類の「ウソではない(情報の存在)が、ホントでもない(解釈の誇張)」情報操作は、GMO反対派が常套手段とする得意技だが、それを推進派もやってしまうのは如何なものか。もちろん負の仮数が大きければ、平均をゼロレベルに持ってくるために正数も膨らませなければならないという台所事情は分からないでもないが、これでは無限のループでありあまりに虚しい。

 仮に、この記者レクがGMO開発企業群の祝祭PRイベント(実際に主催者は業界団体のCBIJであるが)、株主総会みたいなものだと最初から位置付けられ、ホストとゲストすべてにそのような了解があれば、筆者はもっと心安らかに帰路につけたろう。その場合、有利な情報のみを提供し、自社事業の結果を自賛するのは当たり前だろうから。

 実は、日本を除き、2月11日のISAAAリリースは世界中でメディアが取り上げている。今年は、そのうちのいくつかが「〜と業界が発表した」、「業界からの情報では〜」と明記している。もちろん、そのことが比較すべきものが存在しないデータ自体の価値を損なっている訳ではないが、昨年までは見られなかった現象である。

 ISAAAは、not-for-profit international organization だと自らを定義し、「この報告書作成は第三者機関からの経費によって賄われている」とわざわざ毎回断っている。なぜそんなことをする必要があるのか?それは内部予算配分上の問題に過ぎず、開発企業団体から多額の資金がISAAAに寄せられているのは周知の事実だし、データ自体も開発企業からの協力なしにはおそらく描けないものだから、筆者は鼻白んでしまうのだ。

 08年秋口をピークとする食料価格高騰や、食糧危機への懸念はGMOに名誉挽回や期待感の風潮を、タナボタ的に一部にもたらした。そんな千載一遇のチャンスの芽に、栽培面積拡大だけをポンプの梃子に、自ら非選択性除草剤を散布するような強引なゴリ押しをしてどうする?ISAAAや業界は、なにを考えているのか?

 喧嘩両成敗という訳ではないが、2年前、筆者はこのISAAA報告の姿勢を謙虚さが足りないと警告 し、昨年はFOEI対抗報告書のあざとさを指摘 した。が、双方今年も反省の色がない。

「100%のベネフィットも、リスクもない。総論と各論は交通整理し、客観的に事態を冷静に見つめ、失敗と成功を各々双方が認め合い、等身大のGM像を抽出し、そこから議論を再構築しない限りGM論争はいつまでも不毛でありおそらく進化もしない」という結語を、環境はかなり変わったにもかかわらず、3年連続して書かねばならないことに対し、さすがに筆者もブチ切れる。

 栽培面積がいくら増大し続けても、公共からの真の受容がなぜ得られないのか、すべての関係者は原点に立ち戻って再考すべきだ。帝塚山大中谷内一也先生の「安全。でも、安心できない・・・信頼をめぐる心理学」(筑摩新書No.764)は、極めて啓蒙的な良書であるが、煎じ詰めればPAの成否は情報発信者に対する信頼感に拠る、という至極当然の結論に誘導される。信頼感とは、利害関係が薄い第三者を小手先で装うことではなく、当事者自身がもっと額に汗する努力によって獲得すべきものだ。

 さて、GMOワールドというところは面白い。筆者と似たようなことを主張している「バイオ工学伝道師対環境原理主義者」というジャーナリストからの投稿を、米国New Scientist誌のブログで発見し、苦笑してしまった。
http://www.newscientist.com/blogs/shortsharpscience/2009/02/biotech-evangelists-vs-green-f.html
TITLE: Biotech Evangelists vs Green Fundamentalists
SOURCE: New Scientist, by Andy Coghlan
DATE: Feb. 18, 2008

「2月です、そしてそれはただ1つのことを意味します。再びGM作物一人芝居の開演です。毎年今頃になると、農業バイテク企業から資金を提供された組織であるISAAAがGM農作物の世界的な採用に関する報告書を公表します。

 そして、昼の次に夜が来るのと同じくらい確実に、ISAAA 報告のすべてを否定する妨害報告書がFriends of the Earthから現われます。今年も例外ではないことを知って、皆さんは大喜びでしょう。私は、なにが実像かを解明しようとするジャーナリストとして、一人芝居全てに強く失望させられます。

 彼らがなしうる最良の照明でGM作物を展示して、そして永久に阻止できない力として描くのを目的とするバイオ工学伝道師を、私は信じるべきですか?それとも、たとえ証拠が一目瞭然であるとしても、GM作物についての良いことは絶対に認めない、なぜなら彼らはイデオロギーで反対しているから、環境原理主義者を私は信じるべきですか?

 絶対的に確かであろうことは、報告者たちの分裂している目的−GM作物を美化するか、中傷するか−を満たすために、双方の報告書に述べられている『事実』はえり好みされているということです。

 私は、どちらの報告が明確な事実に依拠しているのか、利益優先の企業やメッセージに都合が良いからという理由で両サイドから選択された偏見を持った研究者より、むしろ、独立して証明可能なデータが第三者によって作成されているか、公的に資金を提供された組織なのかを確定する方法があったらいいのにと思います。

 真実を欲する者をいら立たせるのは、完全に権威があり、信頼できて、そして中立的な誰かが、双方の報告を綿密に調べて、どちら(または双方)に客観性があり、より真実に近いのか判定を下す必要があるということです。

 しかしながら、もし報告が偏っており、客観性がないという調査結果が出たとしても、どちらかのサイドがそれを認めるでしょうか?

 ハッキリ言って、誰を信じるか、あるいは信頼するべきかが分からないこの一人芝居全てに、もう私はうんざりです。私は、2つの報告にリンクを貼って(リードと重複するため略)、結論をあなた自身に委ねます。どうぞ、ショーをお楽しみください!」(記事抄訳終わり)(GMOウオッチャー 宗谷 敏)