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GMOワールド

Jeffrey M. Smith「遺伝子ルーレット」とブログ戦争

宗谷 敏

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 米国のGM反対運動家であるJeffrey M. Smith氏 がすこぶる元気だ。ハゲタカやハイエナのような鋭敏な嗅覚で、GM論争地帯を精力的に訪れてはGM反対運動を煽り、自著を売りつける。2009年2月には、BtナスやBtコーンの試験栽培の是非に揺れるインドと、GMタローイモ禁止騒動のハワイに降臨した。「偽りの種子」に続く氏の2冊目の著作は「遺伝子組み換え食品の立証された健康危害を明らかにする」という「遺伝子ルーレット」である。

http://www.hindu.com/br/2009/04/07/stories/2009040750031400.htm
TITLE: The darker side of genetically modified food
SOURCE: The Hindu, by R. Prasad
DATE: 2009年4月7日

 上記は「遺伝子ルーレット」に関するインドの一般紙「Hindu」の書評だ。今回は、これを読んでみる。

 「様々な理由から遺伝子組み換え(GM)食品に反対する人々が、しばしば恐怖を誇張して自らの主張を有利に展開しようとする者として描かれます。そして、彼らに対する主な批判の1つは、GM食品に対する反対が科学的証拠やピアレビューされた学術誌に発表された研究論文に基づいていないということです。

 『偽りの種子』で有名なJeffrey M. Smithの著者によるこの本書のインド版は事実関係を明らかにします。それはGM食品に対する反対が、いくつかの組織と個人によって実行された研究に基づいていることを証明します。それらのいくつかは『Science』、『Nature』、『Lancet』や 『Nature Biotechnology』を含む代表的は学術誌に発表されました。

 読者にとって、読みやすくとっつきやすい書き方で、GM植物の種々の様相をカバーしながら、GM科学の関係している複雑さと私たちの理解の欠落を、素人の読者が把握できることをSmithは保証します。

<(GMOが)なぜ論争の的になっているのか?>

 この本はGM食品のより暗い面を知ることに興味を持った者なら誰にとっても良い出発点を提供します。それはGM科学がなぜこのような論争的な問題であるのか、なぜそれが熟成したものと考えられるべきではないか示します。

 本書は、必然的に読む者に衝撃を与えるだろう旅に読者を誘います。企業が好ましい結果を得るために使う戦略のいくつかが説明されます。本書は、動物とヒトへのGM食品の悪影響のほとんど一覧表の役を果たします。本書は、GM食品企業が、GM植物から取られたそれらを検査しないで、バクテリアから抽出されたタンパク質を代替試験に利用するかを明瞭に説明します。植物全体を給飼された家畜への影響を調べた研究はほんの少数しかありません。不幸にも、それらはまさしく最初に強調されるべきなのに、本書では埋没しています。

 同様に、ページの多くが欺瞞に荷担する規制当局の役割を示すことに費やされました。 これはGM論争を理解している人々にとってはよく知られていることかもしれませんが、すべての読者がそれを知っていると著者は想定すべきではありませんでした。これもまさしく最初に強調されるべきであり、書中のどこかに埋没させるべきではありませんでした。

<独断専行ぶり>

 豊富な情報を提供しているにもかかわらず、本書の最大の欠点はあまりにも独断専行的であるということです。小見出しの大部分が読者を驚かせます。仮にSmithが述べるすべての言葉が真実であったとしても、それを中立的な言い方で述べた方が賢明だったでしょう。引用が言葉ではなく事実により、もしそれがあるならリスクを表現すべきでしょう。例えば、第4章第1節はこうです:『GM作物が世界を食べさせるために必要ではない理由』。Smithは誇張をしがちだ、と読者は結論せざるをえないかもしれません。GM科学のすべての様相が研究しつくされ、GM製品は安全であることが判明したという企業の主張が非難されるべきであるのと全く同様に、GM作物は不必要であるというSmithの見解も同じく受け入れ難いものです。既得権益を持つ企業と政府による主張にもかかわらず、GM科学はまだその幼年期にあります。彼が大変上手に発表するいくつかの研究所と圃場研究によって示された多くのリスクがあるとすれば、より大きい透明性の必要と科学者がどのような否定的な調査結果でも報告する自由を、彼が強調するのを読者は期待したでしょう。

 本書の論調から、もしSmithの労作が企業によって最初は無視されてもそれは驚くべきことではありません。次に、彼らは本書で提起された特定の問題について質問されると、即座にそれらを取るに足りないものとして片づけます。そして他の戦略として、本書の内容が疑わしいとほのめかすためにいくつかの議論の都合のいいとこ取りをして、最後には彼のイメージを貶めます。結局のところ、これらはGM科学の欠点を見せるいかなる書物または研究であっても、それらを処理するために企業が使う戦略なのです」(抄訳終わり)

 インドの書評子Prasad氏は、非常に慎重な書き振りで両論併記風にまとめてはいるが、キチンと自分の意見も主張している。筆者自身は「遺伝子ルーレット」を読んでいない(想像はつくし、読む気もない)ので、内容についてあれこれ言う立場にはない。

 一般に科学者はSmith氏のような非科学者とのグレーゾーンにおける論争を嫌う。特にその背景(ヒンズーカルト)を知ればなおさらだろう。だから、科学的なまともな反論は出ない。一方、予備知識のない読者にとっては、Smith氏の説法は衝撃的だ。さらに、ブログという誰でも簡単に不特定多数に向けて発信できるツールが世に広まってからは、井戸端会議もより広域的な影響を持つ。従って、米国などでも一部はカルトのサクラだろうが、Smith氏のチュードレンは花盛りで増殖しつつある。

 一方、悪し様に批判されているらしい開発企業や(米国)政府はどうか?いちいちこんなものにかかわりあってはいられない、と看過しているうちに意外な勢力を持ってしまう事態にならないか?実は米国Monsanto社に限れば、バーチャルな情報の重要さや食が感情の問題だということにとっくに気がついている。米国において、Smith氏を批判するブログから説きはじめた下記の記事は、Monsanto社のブログ風ツールの利用について論じており興味深い。

http://www.stltoday.com/stltoday/business/stories.nsf/story/9E5C776C165AC855862575860080C3FC?OpenDocument
TITLE: Planting cyber seeds
SOURCE: St. Louis Post-Dispatch, by Jeffrey Tomich
DATE: 2009年3月29日

 この問題は、Monsanto社の最近のPA活動とも絡めていずれ改めて書きたいと思っているが、Smith氏について筆者としては、一回は失敗した政界進出を再び狙うのではないか、という点が最近気になっている。(GMOウオッチャー 宗谷 敏)