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GMOワールド

曲がり角にきたEUの未承認GMゼロ・トレランス政策

宗谷 敏

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 前回言及したDEFRA(英国環境・食糧および農村地域省)のGMO問題報告書 と、EUにおいてついに顕在化しはじめた未承認GMOゼロ・トレランス政策が畜産部門に及ぼしつつある影響について述べる。ここでも英国の動きは、まことにタイミングの良い警鐘として評価できるからだ。

 09年7月13日、日本の某総合商社の穀物相場レポートに「EUが輸入した米国産大豆及び大豆粕の中に、未承認GMOコーンが混入していたことから、輸入禁止の可能性について、協議した模様。」という一文がさりげなく挿入されており、これに気がついた日本の関連業界は事実確認に追われた。

 海外報道が後追いとなり、筆者が初めて本件に関する記事を目にしたのは米国側からの09年7月16日付発信であった。なぜ速報されなかったかというと、この動きがすべて民間の貿易業務内で処理され、いかなる国の政府(機関)も問題に直接的には関与していなかったからだろう。

 したがって、正確な数字などは現在でも確認できないのだが、09年7月中旬にスペインに水揚げされた米国産ダイズ粕1万8000トンに、EU未承認のGMトウモロコシが微量混入していた。結局、米国産ダイズ粕計5万トンで同じことが起こり、ドイツでも回収騒ぎに発展した。

 このためEUの穀物輸入業界が、自主的に米国からのダイズ製品輸入を留保している。米国穀物飼料貿易協会(GAFTA)の見積もりでは、ダイズ粕20万トンの対EU向け既契約分の輸出が、EUの業界から拒否されているという。

 発見されたEU未承認GMトウモロコシとは、米Monsanto社の除草剤グリホサート耐性及びコウチュウ目害虫抵抗性トウモロコシMON88017と、瑞Syngenta社コウチュウ目害虫抵抗性MIR-604だったと伝えられている(なお、日本は両方とも承認済み)。

 MON88017は、05年から米国で栽培され同年EUに輸入と使用のための申請が提出された。EFSA(欧州食品安全機関)は、09年4月にリスク評価を終え、安全性に問題なしと結論した。しかし、09年7月22日開催の専門家パネルでは例の通り承認に失敗し、承認作業は農業閣僚理事会待ちの状況にある。MIR-604は一歩遅れて09年7月20日に、こちらも安全性に問題なしというリスク評価結果がEFSAから公表されたばかりだった。

 畜産飼料に使われるタンパク源について、EUの自給率は25%を切っており、ダイズ粕のEU輸入量は、昨08年度で2500万トン(ダイズ輸入は1500万トン)もあり、大きくこれに依存している。米国産から南米産(ブラジル・アルゼンチン)ダイズ(粕)へのシフトは、中国に大量買い付け(ダイズ輸入は4千万トンに迫る勢い)された後で、もはや不可能な状況だ。

 では、DEFRAとFSA(英国食品基準庁)の報告書を見てみよう。英国の場合、ダイズ市場の90%はブラジルとアルゼンチンによって供給されるが、大部分はGM(不分別)ダイズである。現在のところEU承認済みGM品種に限られているが、両国ともGM新品種の採用には積極姿勢だから、EU承認の遅れと未承認GMゼロ・トレランス政策はいずれ問題となってくる。

 仮に、南米両国からのダイズ輸入が止まった場合、飼料価格が300%以上高騰、豚(マイナス24〜29%)と家禽(マイナス10〜68%)生産の致命的な縮小、そして食肉輸出の減少と輸入の増大、食肉価格の値上がり(10〜20%)を招くだろう。一方、非GMのダイズ買い付けには、トン当たり5〜80ドルの諸費用が上乗せされてしまう、という分析がなされている。

 欧州委員会レベルでもMariann Fischer Boel農業委員(デンマーク)は、飼料供給とEU畜産部門のリスクをずっと懸念してきた。彼女は、(未承認)GMOについても栽培面積の拡大や農産物のグローバルな流通を考えれば、混入を完全に排除することは困難だという現実的な考え方の持ち主だ。

 緊急避難的に欧州委員会が打ち出したのは、EFSAが安全性確認を終えてEU承認手続き中のGMO(現在まで30系統ほど存在する)に対して0.5%の管理基準を与える対症療法だった。しかし、今回はこれが機能せず、業界側が自主的に未承認GMゼロ・トレランス遵守へ突っ走ってしまった。

 トウモロコシのスタック品種の増加は、PCRによる定量分析を困難な状況に追い込んだ。制度・法律を担保すべき検証法が有効に働かず、閾値の管理ができなければGM混入率はオール・オア・ナッシングで、現実的に表示制度などが機能しなくなる(これはEUだけの問題ではない)。いろいろな意味で、各国のGM管理政策は曲がり角に来ている。

 夏休み明けの09年9月7日には、欧州農業閣僚理事会が開催される。ここでは、未承認GMゼロ・トレランス政策と域内畜産飼料の安定供給問題も論じられる公算が大きい。議論の行く末が注目される。(GMOウオッチャー 宗谷 敏)