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食品衛生レビュー

忘れかけていた食中毒—-たかが黄色ブドウ球菌、されど影響多し

笈川 和男

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 私が、百貨店で一番関心が寄せられるのが、全国各地からの特産品が販売される「○○県ふるさと展(まつり)」です。私はめったに百貨店には行きませんが、たまたま近くに行って、その百貨店で「ふるさと展」が開催されていれば楽しくなり、自然と最上階の会場まで足が向き、何かないかなと探し、見つかれば喜んで買って帰ります。多くの「ふるさと展」はいつも買物客が多く、特に休日は賑わいを見せています。その百貨店の「ふるさと展」で今年2月末、食中毒事件が起こりました。

 食中毒事件が起こったのは、岡山市の百貨店。まだ、最終の公表はありませんが、百貨店や保健所及び新聞報道による概要は次の通りです。

 2月25日から3月2日まで開催された「大ふくい展」で、2月26日に販売された弁当の「蟹めし」で食中毒が発生しました。患者数は36人中26人で、病因物質は黄色ブドウ球菌です。原材料のカニ(ツメ、バラ身、棒身)、ご飯(炊き込みご飯)共に福井県から持参したもの。26日の販売数は110個となっています。患者の総数は不明ですが、実際の患者数は2〜3倍に上ると思われます。27日午後3時には、当該弁当施設の営業を中止し、28日に百貨店がこの事件を公表しました。岡山駅近くの百貨店でしたので、土産品として遠くへ持ち帰った人もいる可能性があり、この件は関東地方でも報道されたのです。

 黄色ブドウ球菌(いわゆる化膿菌)による食中毒は、菌そのものが人間に健康被害を与えるのではなく、菌が増殖して産生された毒素(エンテロトキシン)により健康被害を与えます。黄色ブドウ球菌の最適の増殖温度は30〜37℃であり、毒素産生温度は20〜45℃。産生された毒素は耐熱性で、100℃40分の加熱でも分解されません。このため、2月に黄色ブドウ球菌による食中毒が発生するのは、極めてまれな事例です。汚染を受けた食品で、この温度帯で保管された食品は廃棄処分が必要であり、事故発生の予防策として加熱後はすぐに冷却する必要があります。

 原因食品についてですが、カニが原因となる食中毒のほとんどは腸炎ビブリオによるもので、私自身の経験では黄色ブドウ球菌による食中毒事例を経験したことはありません。しかし、ほぐしたサケの弁当、おにぎりでは、調理者の手指の傷が原因となることで食中毒が発生していますので、カニをほぐした際に汚染した可能性はあります。

 弁当類で黄色ブドウ球菌による食中毒は多く、「炊き込みご飯」の内容は不明ですが、炊飯後、上部にに集まった具とご飯を混ぜたり、炊飯したご飯に具を加え混ぜたのなら、作業用の手袋が適正に使用してない場合、調理者の手指の傷から汚染された可能性があります。そして、冷却が素早く行われなかったため、冷却までの間に黄色ブドウ球菌が増殖して毒素を産生したと考えられます。

 「カニ」「ご飯」のどちらにしろ、岡山市での盛り付けを含めて調理従事者の手指を介しての汚染が濃厚です。器具、容器が洗浄不足で汚染されていたとしたら、よほど衛生管理が悪い施設と考えられます。福井県において冷却を素早く行わなかったか、可能性は少ないのですが、岡山市に搬入してから暖かい場所に長時間保管されていたためと考えられます。26日に販売された弁当からのみ、食中毒が発生したようなので、25日と27日に使われた「カニ」「ご飯」は汚染されていなかったと考えられます。
 被害者拡大防止のため、公表は一刻も早くしなければなりません。百貨店は2月28日の土曜日、公表に至りました。百貨店の営業的には残念なことですが、週末に「ふるさと展」に行くことを楽しみにしていた買物客の出鼻がくじかれ、売り上げが落ちたものと思われます。

 私が食品衛生の仕事を始めた40年近く前は食中毒といえば、腸炎ビブリオ、サルモネラ、黄色ブドウ球菌が3大食中毒菌でした。現在は、当時とは大きく変わり、黄色ブドウ球菌食中毒と腸炎ビブリオ食中毒の予防対策はほぼ確立され、過去の食中毒病因物質になりつつあります。それぞれ、2007年の全国患者数の割合は3.5%と3.8%というわずかな割合でした。

 ただし、黄色ブドウ球菌による大きな食中毒として忘れてはならないのは、2000年6月に発生した雪印乳業の乳飲料、ヨーグルトなどによる食中毒事件で、患者数は約1万3500人でした。乳飲料、ヨーグルト自体は大阪工場で製造されたのですが、原材料の脱脂粉乳は北海道十勝の大樹工場で製造されたもので、製造段階において停電事故が発生しました。停電事故が発生し、製造ライン(乳脂肪分を分離)に滞留した濃縮中の乳が高温状態に9時間放置されたのに、廃棄しませんでした。停電が直ったあと、そのまま脱脂粉乳の製造を再開したため、黄色ブドウ球菌(乳房炎が原因で、生乳検査をすると、普通に黄色ブドウ球菌は検出されます)が増殖して毒素を産生したと考えられました。

 1955年3月、東京都内の小学校9校の学校給食で脱脂粉乳によって発生した黄色ブドウ球菌食中毒の患者数は約2000人でしたが、この脱脂粉乳を製造したのが雪印乳業の北海道渡島にあった八雲工場でした。原因は大樹工場と同様に脱脂粉乳の製造時に停電事故が発生したためで、原料乳あるいは半濃縮乳が粉化前に長時間放置されたことで起こりました。同社は「同様の事件を絶対に起こしてはならない」という教訓を全社的に代々言い伝えてきたようですが、八雲工場の事故が忘れられ、2000年6月に国内で最大級の食中毒事件を引き起こしてしまいました。

 この雪印乳業事件は、45年前の痛い教訓が忘れられ発生した事件で、企業は実質上消滅(98%以上の減資、事業の分割等)しました。今回の岡山市の百貨店での食中毒事件も、忘れかけていた弁当類による黄色ブドウ球菌による事件で、過去の教訓が生かされず起こったと言えましょう。天災に限らず、「食中毒は忘れた頃にやってくる」。厳しく戒めて欲しいと思います。(食品衛生コンサルタント 笈川和男)