科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

食品衛生レビュー

ノロウイルス食中毒の予防には、1にも2にも手洗いの励行

笈川 和男

キーワード:

 2009年10月、11月はノロウイルス食中毒の発生数が例年より少なく新型インフルエンザエンザ発生のために手洗いが励行されているためではないかといわれていました。12月に入ると全国各地からノロウイルス食中毒発生の報道がありますが、やはり例年に比べ少ないようで、飲食店での手洗うの励行、生カキの提供が少なくなったためと思います。

 飲食店のお客がノロウイルスと思われる食中毒様症状を呈した場合、一度に複数のグループのお客が食中毒症状を示せば、通常食中毒と見なします。しかし、カキ、シジミのような二枚貝(以下、カキ)の提供がなく、20人以下の1つのグループだけで、ノロウイルス食中毒様症状を示したときには、お客同士の会話での飛沫感染が原因と考えられますので、飲食店の食事によるものとは断定できません。そのため食中毒として確定するためには、患者と調理従事者の便、残っていれば提供食品(食品から検出される場合は極めて少ない)から採取したノロウイルスの遺伝子解析で同一性を確認する必要があります。

 ノロウイルスは、カキの中腸腺(内臓)の中では増殖できません。水温が下がると、カキは活動が鈍くなり、ノロウイルスを体外へ排出できなくなって、中腸腺には各種の遺伝子を持ったノロウイルスが貯まります。そのため、生カキを提供して食中毒が発生した場合には、患者の便から数種類のノロウイルス遺伝子が検出されます。

 昨年12月29日付けの新聞で、12月28日に横浜市と群馬県のホテルでノロウイルス食中毒が発生し営業の禁停止されたとの報道がありました。この2件とも複数のグループで患者が発生していますので、ホテルの料理が原因の食中毒と考えられます。概要は次の通りです。

 12月20日、横浜を代表する高級ホテル(横浜市西区)で、正午からの結婚披露宴に出されたコース料理と午後5時半からの宴会に出された料理を食べた男女52人が吐き気や下痢などの食中毒症状を訴え、そのうち18人からノロウイルスを検出しました。調理従事者31人からは、ノロウイルスは検出されませんでした。保健所は、28日から同ホテルの宴会厨房とメインキッチン、ペストリーなど5カ所を営業禁止処分としました。30日には、営業禁止処分を解除しています。

 同じく12月20日、群馬県のシティーホテルで宴会料理を食べた4グループのすべてで食中毒が発生し、79人が下痢、嘔吐などの症状を呈しました。共通食はホテルで提供された食事のみで、症状が共通していました。患者と調理従事者の便からノロウイルスを検出しました。保健福祉事務所は28日から30日まで、同ホテルの調理部門を営業停止処分としました。

(「営業禁止処分」とは期間を定めない処分。「営業停止処分」とは期限を定めての処分のこと)

 両ホテルとも、年末の日曜という大変忙しいと思われる日に提供した料理で、食中毒が発生しています。生カキを提供していたという行政の発表や新聞報道がありませんので、調理従事者が少しお腹をこわしているけれども、多忙な時期に休んでいるわけにはいけないと厨房に入ったのかもしれません。営業の禁停止期間は年末の来店がほぼ一段落した時期で、その時期自体での影響は少なかったと思います。しかし、両ホテルとも正月のお節料理が間に合ったかなと、陰ながら心配しました。

 高級ホテルの処分に関して横浜市は、原因食品と原因施設が特定できなかったので、再発防止の観点から、ホテルの料理部門の心臓部であるメインキッチン、宴会厨房、それにペストリー、カフェテリアなどを営業禁止処分にしたと察します。処分期間の3日間、処分の前の自主休業、解除後の再開準備などで、合計6日間程度は調理ができなかったと思いますが、春秋の結婚式シーズンだったら大変なことになっていたでしょう。それでも、調理従事者は処分期間中、拡大防止のためにほかの厨房への応援ができません。たった1人の手洗いの不適切が、ホテルの経営上も大きな痛手を被ることにつながったのではないでしょうか。

 調理従事者の便検からノロウイルスが検出されなかった理由は、次のように考えられます。ノロウイルス食中毒の場合、潜伏時間のピークが40時間弱ですが、保健所が調査に入ったのが早くて22日夕方、多分23日ではないかと思われます。つまり、発生から4日目以降の検便ですので、症状がなくウイルスの排出量が少なない場合、その間に消えた可能性があります。

 04年3月、福井県の保健所が、5日前に管内のホテルの会食で食中毒が起こった疑いがあるとの情報を探知しました。そこで、ホテルにメイン厨房の営業自粛を要請し、ホテル側は「予約の仕出し料理は外注する」と回答しました。しかし、ホテルは外注先を見つけることができず、メイン厨房の調理従事者がホテル管内の小さい厨房を使い調理をしました。その結果、仕出し料理を食べた人が同様の食中毒症状を呈してしまったのです。

 患者や無症状の調理従事者の便や、厨房内の拭き取りからノロウイルスが検出され、遺伝子配列がほぼ一致し、感染源が同一であると考えられました。1回目の患者数は3つの会食で31人でしたが、2回目の患者数は仕出し料理のみで177人、1回目の約6倍にものぼりました。1回目の事故から2回目の事故の間は4日間あり、その間に手洗いなどは励行されていたものと考えられます。それでも、より大きな事故へと発展してしまったのです。

 通常、保健所において食中毒の疑いの情報を探知すると、可能性が高い場合には、営業者へ自主休業(自粛)をお願いします。禁止・停止の処分でありませんので拒否し、営業を続ける施設もあります。飲食店営業許可は、厨房ごとに与えられるものですので、厨房が数カ所ある旅館やホテルなどで食中毒が発生した場合は、食中毒が発生した厨房で従事していた人がほかの厨房で調理を続けることがあります。調理従事者が感染していると、福井県の食中毒事例のように被害が拡大する可能性があります。

 調理従事者が無症状でありながらノロウイルス・病原細菌に感染していることもありますので、日頃から手洗いの励行は重要です。感染していても無症状の場合には通常、ウイルスや病原菌の排出量が少ないので、手洗いの励行やマスクの着用で食中毒発生を防止することができます。

 ノロウイルス食中毒イコール「生カキ」と言われた時がありましたが、最近は調理従事者らによる感染の方が多いと考えられています。これからノロウイルスの感染、食中毒発生が多く発生する時期を迎えますので、調理従事者は日頃の手洗いの励行に努め、二枚貝、特に生カキの提供を控えた方が良いと思います。また、調理従事者本人の生カキ摂食も控えた方がよいでしょう。繰り返しますが、水温が下がるとカキの活動が鈍くなり、中腸腺からのノロウイルスの排出量が少なくなるために、1月、2月は生カキによるノロウイルス食中毒が増えるのです。

 ある大手製パン企業の品質保証責任者に聞いた話ですが、ノロウイルス食中毒発生時期に子供が下痢をしていたら、製造関係者本人が無症状でも製造室へ入いるのを禁止しているそうです。

 最後に強調したいのは、ノロウイルスは、腸管出血性大腸菌O157、カンピロバクターと同様に、数十個という少ない量で感染するとということです。食中毒防止にはやはり手洗いが重要で、石けんを使って十分にもみ洗いした後に流水で流し、手指消毒薬を使って食中毒防止に努めてください。(食品衛生コンサルタント 笈川和男)