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斎藤くんの残留農薬分析

残留農薬検査の検出率は本当に低いのか?

斎藤 勲

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 「2001年度の(農産物中の)残留農薬検査結果は、前年と同様の傾向を示しており、農薬が検出された割合、基準値を超えた割合はいずれも極めて低いことから、我が国で流通している農産物における農薬の残留レベルは低いものと考えられる」

 これは、厚生労働省が毎年、全国の地方自治体、検疫所が行った残留農薬検査の結果を集計、CD-ROMに詳細データを収録して公開している「食品中の残留農薬」(日本食品衛生協会発行)より抜粋した文章だ(概略は、同省のホームページにも掲載されている)。
 同CD-ROMに収録のデータは、検疫所での輸入農産物などの行政検査、92地方自治体での行政検査(主に衛生研究所を中心とした検査結果)、厚生労働省からの依頼による地方衛生研究所(食品中残留農薬問題での検査における地方衛生研究所の役割はとても大きいものがある)などが検査した実態調査結果を集計したもので、日本の食品中残留農薬の実情を知る、唯一の貴重な資料となっている。
 しかし、「検出された割合、基準値を超えた割合はいずれも極めて低い」などと書かれると、「それって本当かなぁ」と疑ってみたくなるのが人情というもの。そこで早速、同CD-ROMに収録されたデータを詳細に確認し、真偽のほどを探ってみた。
 まず、資料には、2001年度に行われた農産物中の残留農薬検査について以下のような数字が掲載されている。(1)検査数=53万1765件(2)検査対象農薬数=320農薬(3)農薬検出数=2676件(0.5%)うち国産品917件(0.41%)輸入品1759件(0.57%)(4)基準を超えた数=29件(0.01%)うち国産品8件(0.01%)輸入品21件(0.02%)。そして冒頭の検査結果の説明が続く。
 何も考えずにこの結果を眺めた方は、「そうか、53万件も検査しているんだ、意外に多いんだな」と、思われたかもしれない。しかし、この数は「検査検体」の総数ではない。実は、検査検体数に測定項目を掛け合わせたもの(=検査数)なのである。
 残留農薬検査を行う場合、検体の種類(例えばホウレンソウなのかミカンなのかというような)によって、1項目だけ検査すれば良いものもあれば、100項目近く検査するものもある。そこで厚生労働省としては、検査項目と検体数をかけた検査数を分母にし、検出された農薬数を割り、農薬検出比率(ここでは0.5%)を算出する、という正確慎重な方法を取っている、というわけだ。
 しかし、いくら正確とはいえ、消費者の立場に立って考えると「このホウレンソウは?」「このダイコンは?」というように、検体数に対する検出率を知りたいのではないだろうか。では、検査検体数はどのようにすれば分かるのか。
 これを算出する際に、中国産冷凍ホウレンソウ問題が起きた際に話題となった、有機リン剤の「クロルピリホス」がヒントとなる。実は、この農薬は、ほとんどの作物に対して食品衛生法の残留基準が設定されている。つまり、大概の作物でクロルピリホスの検査はするということだ。そこで、この農薬の検査検体数が、全体の検査検体数と思って良いだろう。
 「食品中の残留農薬」は、以前は書籍の形で出版されていたため、当時私は、「ホウレンソウ」「ダイコン」…と、一つひとつの作物の項を確認しながら、その中のクロルピリホスの件数を足していた。しかし現在は、CD-ROMにデータが入力されており、作物だけでなく、農薬名でも集計されており、総件数も書いてあるのですぐに計算が可能だ。2001年度の場合は、クロルピリホスの検査件数は1万2178件となっており、農薬検出数2676件を割ると22.0%の検出率となる(実際は1つの作物から2種類、3種類の農薬が検出される場合もあるので、実際はこの検出率よりも1〜2%は低いかもしれない)。つまり、そこから計算しなおすと、違反検出率は0.01%ではなく、0.24%になるのだ。
 ちなみに海外の農薬検出率は、オランダは国産品検出率42%、イタリア29.3%、米国国産果実60.6%、野菜29.1%。違反検出率が、オランダ国産3.4%、イタリア1.9%、米国0.9%であり、いずれも日本より高いことが分かる。
 ただし、「なぁんだ、まだまだ低いのか」と思うと、実はここにも見落としがちなポイントが隠されている。前回のこの連載で解説したように、日本は現在、ネガティブ制を取っているため、今後ポジティブリスト制度に以降し、これまで残留基準値の決められていなかった農薬が検出されるようになると、この比率が一気に高まる可能性も否めないのだ。
 「食品中の残留農薬」は、膨大なデータ集であるが、時間のある方はあちこち操作してみるといい。いろいろなデータが隠れていて結構、楽しいものである。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)