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斎藤くんの残留農薬分析

農薬はどこまで検査すればいいのか?

斎藤 勲

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 最近の雑誌広告やインターネット上の情報などを見ていると、検疫所における輸入食品の残留農薬モニタリング検査200項目やポジティブリスト制度導入への対応として、「残留農薬の200項目一斉分析」「270項目一斉分析」「400項目」などなどの、うたい文句が目に付く。以前は100項目でも大変だったのにすごい時代に入ってきたものである。しかも、100項目なら5万円、200項目でも8万円といった低価格を打ち出す分析機関まで出てきた。価格のサバイバル競争で組織が潰れたり、変な結果を出したりしなければ良いがと、老婆心ながら思ってしまう。それにしても、一体、幾つの農薬をどういった食品で検査していれば安心して暮らせるのだろうか?

 2006年5月に施行される予定の、ポジティブリスト制度に伴う残留基準は、500を超える農薬に設定される予定である。正直なところ、200を超えたら名前も構造式もよく分からないし、もう幾つでもいいよ、という感じである。残留基準が26農薬しかなかった時代が懐かしく思われるが、ほんの13年前の話である。
 食品衛生法は、「飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、もって国民の健康の保護を図ることを目的として、農薬、添加物などの基準を設定し、その規格に合わない食品は販売してはいけない」と規定している。文言どおりに解釈すれば500を超える農薬を検査し、国民の健康の保護を図りなさいということになる。現状は、国や地方自治体などは年間1万件を超える食品について残留農薬検査を行っており、また、食品関連事業者には自らの責任において食品の安全性を確保するため、販売する食品などの自主検査の実施、そのほか必要な措置を求めている。検疫所は今年度の輸入食品モニタリング検査項目として200種類の農薬名を発表している(過去に違反例がない、少ない農薬などをモニタリングしているため一般的なモニタリングではさらに20種類くらい農薬数を増やす必要あり)。
 では、国内での検出実態はどうなっているのだろう。最近のデータでは、日本生活協同組合連合会の1997年10月から2004年3月までの5203サンプルの検査データをまとめた「日本生協連 残留農薬データ集II」が参考になる。日本生協連商品検査センターが1カ所で検査したデータを集計したものであり、数字の評価がしやすいデータベースである。日本生協連取扱商品の原料を中心に国産品、輸入品ほぼ半数のサンプルを検査した結果、約390の検査項目(異性体、代謝物、金属含む)で195項目の農薬が検出された。国産品では151項目、中国産97項目、米国産65項目の農薬が約50%のサンプルから検出された。農薬の種類としては異性体、代謝物、金属を除くと約175種類くらいの農薬が検出されており、5回以上(5000サンプルの約0.1%)検出された農薬は121項目である。
 2001、2002年度の全国5カ所の地方衛生研究所(東京、愛知、大阪、兵庫、神戸市)の約2000件の検査データを集計した結果では、115種類の農薬が検出され、2回以上検出された農薬は90種類であった。これは主にガスクロマトグラフィーという機器で一斉分析したデータであり、日本生協連のデータは液体クロマトグラフィー、個別分析のデータも含まれるので農薬の検出項目が多くなっている。
 米国ではFDA(食品医薬品局)が1987年以降1年間の集計を報告しており、1995年以降はFDA CFSANのウェブサイトで見ることができる。毎年のモニタリングのデータを数年分、時系列で見てみると検出状況がよく分かる。1995年から1999年までは350種類くらいの農薬を検査して90〜97種類の農薬が検出されており、25%くらいの検出率であった。2000、2001年は400弱の農薬を検査して、それぞれ117種類、113種類を検出、検出率29%、2002年度は6766サンプルについて266種類の農薬を検査して129種類48.5%の検出率と、検出頻度の高い農薬に絞ってきているので検出率は上がってきている。
 昨年の第5回欧州農薬残留ワークショップ(ストックホルム)での発表では、スウェーデン105種類、デンマーク100種類、ドイツのM.Anastassisdesらの調査では彼の迅速一斉分析法で抽出精製しGC/MSとLC/MSで分析した結果、果実で130種類、野菜で124種類の農薬が検出されたとの報告があった。
 つまるところ、従来の検査結果と農薬使用状況を参考にしながら、200+α程度の農薬を対象として、一斉分析法を中心にGC/MS、LC/MS(/MS)などの検査機器を用いてモニタリングを行うのが妥当な線であろうと思われる。後はそれぞれの状況に応じてコンパクトにしても良いし、一部にはもっと拡大するのも一つの方向であり、いろいろなやり方が混在してこそ意味のある残留農薬分析となるであろう。ただし、生産現場に近いところでの分析は、もっと散布履歴を反映した残留農薬検査が本来の姿である。
 最も大切なことは、トレーサビリティーの取れる検査、結果が活かせる検査をどう構築するかである。検査は目的ではない。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)