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斎藤くんの残留農薬分析

顔が見える“トータルダイエットスタディセンター”の設立を

斎藤 勲

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 ポジティブリスト制度では、不確定さがある「暫定基準」については5年を目処にトータルダイエットスタディ(マーケットバスケット調査)と呼ぶ農薬摂取量の実態調査を行い、再評価することになっている。つまり、この調査がポジティブリスト制度の安全性の信頼の根幹となるわけだ。

 ではそのトータルダイエットスタディはどのように行われているのだろうか。1991年からは、国が予算を取って、地方衛生研究所に調査を委託、これを国立医薬品食品衛生研究所が取りまとめる形を取っている。例えば2002年度は、3カ所の地方衛生研究所が参加し、分担して調査業務を行った。
 これに対して私は多少の不安感を覚える。調査の規模が小さく、また、調査業務を行う各研究所の“顔”が見えづらいためだ。本筋からいえば、食品中残留農薬、汚染物質などの微量分析は、社会のはやりすたりに惑わされずに情報公開も積極的に行っているような公的機関が、時系列での推移が見える分析データを出し、長期的視点から解析することが絶対に必要だ。
 例えば、あの環境ホルモン騒動の時、母乳中のダイオキシン濃度でパニックが起きた。「我が子に飲ませてもいいのか」「飲ませてしまったが大丈夫なのか」など、当事者である母親達は的確な情報を与えられずに右往左往した。その時、1地方衛生研究所である大阪府立公衆衛生研究所が手持ちの母乳(PCBsによるカネミ油症事件以来、凍結保存していた)を現在の高度な分析技術で再分析し、総ダイオキシン濃度は1970年当時と比べ半分以下に右下がりに減少している結果を報告し、大きなパニックを防いだことが記憶に新しい。
 この事例は、継続的なモニタリングがいかに必要かを痛感させてくれる。貴重なサンプル保存、高額な分析機器、有能な職員達の先見性と技量、それらがうまくかみ合って成功した事例だ。そうした、長年継続的に業務として問題のある化合物や汚染物質などの分析、データ解析を行う公的機関の設立こそ、環境ホルモン騒動を経験し、莫大な研究費などを投資してきた割には“大山鳴動して鼠1匹”の日本にこそ必要なのではないだろうか。
 では、私が理想とするトータルダイエットスタディセンターの姿とはどのようなものかといえば、例えば米国Kansas Cityにある、FDA(米食品医薬品局)のトータルダイエット・農薬研究センター(KAN-DO)が頭に浮かぶ。KAN-DOが1982年以来、行っている調査は、例えば食品の種類を82から280とするなど、アメリカ人の食生活のパターンを反映した内容となっている。調査は、米国を4つの区域に分けて定期的に食品をサンプリングし、残留農薬、PCBs、重金属などの分析を行い、各世代での1日摂取量状況などの評価を行っている。ただし、ここのセンターの場合、分析者はルーチン業務が主で、分析法の改良などは他の4人の研究者が行い、部分的に現場にフィードバックする形となっている。米国では研究者と実務担当者が分かれているのだ。これについては個人的には、日本的な、分析担当者と研究者が混在した業務形態がいいと思っている。
 そういった意味から日本では、厚生労働省の国立医薬品食品衛生研究所の大阪支所が発展的にその役割を担うと良いと思っていた。大阪支所は従来から輸入食品の分析などを手掛け、モニタリング的な業務も行ってきた公的機関であり、業務に関連した調査研究もよく行っていた。彼らが全国の残留農薬などの分析センターとしてマーケットバスケット調査業務を行い、さらに残留分析の担い手である全国の地方衛生研究所の若手職員らが1年くらい“内地留学”的に共同作業をしながら実力を養い、全国の残留分析レベルを上げていく機関になってくれたらと考えたのだ。しかし、残念ながら、公務員の定数削減の流れの中、地味な大阪支所は他の研究機関設立のために取り潰されてしまった。
 厚生労働省は一時期、従来の生活衛生局で行っていた食品行政を、医薬局という局を設け、その下部に位置づけた。これは、食品行政よりは医薬行政が厚生労働省の主たる任務であるとの意識からであろう。しかし、BSE問題、雪印牛乳事件、香料などの添加物の違法使用、無登録農薬、中国産冷凍ホウレンソウの残留農薬問題など食品が大問題となり、急きょ、医薬食品局と改名し、その中の食品安全部で食品関連業務を行っている。食品安全基本法が制定され、食の安全安心のリスクマネジメントを農水省と厚労省が分担してやらざるを得ないシステムができあがった以上、厚生労働省における食品行政の位置づけは当面は安心であろう
 食の安全安心を見極めるためのリスク評価は、日常的にどれくらいの対象物質がどの程度摂取され、昔はどうで今はどうなのかが判らなければ行えない。消費者が自身でリスク評価をしていくためにも、顔が見えるトータルダイエットスタディーセンターの設立を望んでいる。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)