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斎藤くんの残留農薬分析

つくづく眺めてしまう1.5μg/dayなる数字

斎藤 勲

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 1日当たり1.5μg(マイクログラム、ミリグラムの1000分の1)—-。厚生労働省の説明によると、この数字はJECFA(FAO/WHO食品添加物合同専門委員会)が香料の安全性評価において、毒性評価が十分でない未知の化学物質については発がん性の有無を問わず、許容している暴露量の閾値。また、FDA(米国食品医薬品局)も、容器からの溶出物などの規制に当たり、許容される暴露量の閾値として用いている数字である。

 要するにこれくらいの量なら何ら問題ないよという数字であろう。これを基本として生み出された数字が、ポジティブリスト制度にある、あの「人の健康を損なうおそれのない量」一律基準0.01ppmである。どうやってその数字にたどり着いたのか制度施行の5月29日を前に再度見てみよう。

 昔、殺虫剤として広く使用された有機塩素系農薬で、ディルドリンがある。残効性もあってよく効いたが、その分環境汚染物質にもなり、1973年農薬登録失効している。数年前に関東の近郊農業でキュウリの残留(土壌中のディルドリンを吸収)が問題となった。ADI(一日摂取許容量、毎日一生涯食べたとしても大丈夫でしょうという量)は0.0001mg/kg/dayとかなり厳しい。その厳しい数値を参考に体重50kg(スリム?)の人がどれくらい摂取してもよいかを計算すると、1日5μgとなる。ディルドリンが食品中に0.01ppm含まれているとその食品500gまでなら摂取してもよい、0.05ppmなら100g、0.1ppmなら50gだ。

 ディルドリンの5μgよりさらに厳しい先程の1.5μg/dayを用いると、0.01ppmの場合150g、0.05ppmの場合30g、0.1ppmの場合15gとなる。ディルドリンよりも3倍くらいきつい。私たちが毎日食べている農産物の平均はコメ190g、コムギ118g、ダイズ56g、ダイコン47g、ミカン46gという。

 この組み立て方から行くと自然と0.01ppmという数字ならよいかなあと納得させられる。さらに現行の残留基準では0.01ppm以下では0.005ppmが2農薬9基準値だけとなる。あとは、それより大きい。現在、カナダ、ニュージーランドでは0.1ppm、EU、ドイツでは0.01ppmを一律基準として使用しているという。そうなると、もう0.01ppmは決定である。

 その基準を世間に持って来るとどうなるか。検疫所の検査結果では一律基準を持ち込むと違反件数は現在の6倍位になるという。スクリーニングは検疫所の独自の一斉分析法(精度管理、評価はしてある)で検査しているので、違反した検体は再度個別分析法など通知法、公定法で検査しなおすという。

 今でも相当ハードスケジュールで毎日検査をやっているので、そのための人員増が必要となるだろう。それでもしんどい仕事である。日生協の検査結果でも一律基準などを持ち込むと基準超過は20倍くらいになる(もともとが5000件検査していても数件もないのが100件を超える)。

 国内ではドリフトが大問題である。ドリフトによる隣の畑の作物への移行は、微量であるが0.01〜0.05ppmの範囲に入るものが多く0.01ppmは超えるので悩ましい。現場では散布時のノズルを換えたり、ドリフト防止のネットを設置したり、お米の農薬散布で無人ヘリコプターによる散布を中止して人が粒剤を散布するところまで出ている。相当の出資である。果樹園で使用される農薬散布器スピードスプレーヤーではお手上げというか半ばあきらめ顔のところもある。このポジティブリスト制度施行に伴う一律基準0.01ppmというのは、農業を真綿で首を絞めるような側面もある。

 生産現場は大変だなあと思いつつ、この0.01という数字はどうにかならないのかなあと思ってみてみるが、食品衛生法第11条3項という法律は法律である。しかし、コンプライアンス上0.01ppmを粛々と従うとしても、1日当たり1.5μg摂取するから0.01ppmは生まれたということは覚えておく必要がある。

 許容される暴露量の閾値1.5μg/dayは絶対量である。もし0.02ppmという濃度の農薬を含む違反食品があったとする。それがコメからだったら3.8μg、コムギからなら2.4μgと1.5μg/day以上である。しかし、ダイズなら1.2、ダイコンなら0.9μgではセーフである。0.03ppmでも多くがセーフである。極端に言えば主食のコメとコムギを除けば、3倍またはそれ以上の余裕があるということであろう。それ以外の作物は、もっと余裕がある。オオバ(シソ)、山椒などのつま物ではなにおかいわんやである。つくづく眺めてしまう1.5μg/dayである。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)